これまで数々の列車のネーミングや、社内標語をつくってきたJR九州の唐池恒二会長と、ブランディングスタジオHAKUHODO THE DAYで数多くの企業のブランドづくりに携わってきた佐藤夏生。「言葉」によって価値を生み出してきた2人が、マーケティングにおける言葉の力について語りました。

夢みる力が「気」を作る

九州旅客鉄道株式会社 代表取締役会長 唐池恒二氏

はじめに

私が仕事や人生において最も大切にしてきた言葉は「気」です。気が満ち溢れた人は必ず勝利する。気が満ち溢れた職場は必ず元気になる。気が満ち溢れた店は繁盛する。気が満ち溢れた会社は業績がどんどんよくなる──。そう私は信じています。
『広辞苑』では、気を「生命の原動力となる勢い。活力の源」と説明しています。中国思想に基づく言葉ですが、これを「エネルギー」と言いかえれば、欧米の人にも伝わります。
以前、こんなことがありました。昼食をとろうと、私は広島のとあるお好み焼き屋の前を通りました。正午前でしたが、その店にはすでに行列ができています。広島では珍しいことです。私が店の前を通り過ぎようとすると、店の中から私に元気な声で「いらっしゃい」と声がかかる。スタッフたちはきびきびと動き回りながら、外を通るお客さんにも注意を払い、声をかけている。これが、気だと思ました。店の中から気が溢れ出ている。そう感じました。
かたや、3軒ほど隣のお好み焼き屋を見ると、客はまったく入っていません。外のお客に声もかけることもないし、店員にもまったく覇気がない。その差たるや歴然としています。その差とは、気が生み出す差です。気が満ちているかどうかが店の雰囲気を大きく変え、それが人気の差となっているのです。

12年ほど前にスペインに行ったときにも同じことを感じました。バルセロナから車で2時間ほどのところに、「エル・ブジ」という有名な店がありました。今はもう閉店していますが、当時は「世界一予約が取りにくい店」として知られていた店で、あのマドンナでも予約が取れないと話題になったものです。

マドンナが入れないくらいですから、私が入れるはずはありません。しかし、エル・ブジには本店以外に支店があって、そちらは予約が取れました。店に行って、私はびっくりしました。入り口に入ったとたんに店から、おそらく「いらっしゃいませ」とスペイン語で言っているのでしょう、大きな声で店員たちが気さくに話しかけてくる。一流店なのにまったく気取ったところがないし、店員たちの動きは切れがあって素早い。「ああ、これこそが気に満ち溢れた店だ」と思いました。

言葉に「気」を込め、伝え方に工夫を凝らす

さて、リーダーとして備えたい資質とはなんでしょうか?私が考えるリーダーの資質は5つ、すなわち「夢見る力」「気を高める力」「伝える力」「気づく力」「逃げない力」です。中でも、「伝える力」が非常に重要です。
相手に何かを話したとしても、その言葉が本当に伝わっていなければ、それは「伝えた」とは言えません。例えば、仕事の中で必要事項を連絡したのなら、それによって然るべき変化が起きたのかどうかまで確認しなければ、「伝わった」ということにはなりません。つまり、「伝わる」とは、相手が言葉を理解し、ときにその言葉に感動し、それによって行動が生まれる。そうなって初めて「伝わった」と言えるのです。
では、どうすれば伝わるのか。それは、先にも述べた「気」を込めて伝えることです。松下幸之助さんは、“教えるのにも教わるのにも気迫が大事”、と言っています。気迫がないと、教える・教わるという行動が実りあるコミュニケーションにならないからです。
加えて、言葉を伝えるには、「見たくなる、聞きたくなる、読みたくなる言葉」を使い、かつその「伝え方」に工夫を凝らすことも必要です。
国鉄が民営化したとき、私は東京の丸井に研修に行きました。民間企業のやり方を勉強させてもらおうとしたわけです。その研修の半年間で学んだことが、その後の私の仕事の基礎を作ったと言っても過言ではありません。
当時の丸井では、人事制度や勤務制度の変革が進められていました。制度がどのように変わるのか社員に説明しなければならないのですが、その内容は難しく、印刷物にして配ったとしても伝わらないと思われました。そのとき、丸井の人事部はどうしたか。なんと、制度を説明する漫画を作って社員に配布したのです。相当な労力がかかったはずですが、受け手にメッセージを本当に伝えるには、それが最善の策だと判断したわけです。私は心からすごいと思いました。

私は、JR九州の社長になってから、その学びを自社の中期経営計画づくりに生かしました。計画に書き込む会社の目標を「やさしくて力持ちの会社になる」と非常にわかりやすく表現したのです。社員や地域に対してやさしく、競争力や体力のある会社、といった意味です。かなり工夫した表現でしたが、それでもまだ伝わらなかった。そこで、その意味を伝えるために、経営会議でテレビアニメ『キン肉マン』の主題歌を一人で熱唱しました。まさしく、「やさしくて力持ち」ということを実にうまい具合に表現した歌詞だったからです。そのおかげで、私が示したメッセージは、きちんと社員に浸透したのです。

「気」が「感動」というエネルギーに変化する

物事をしっかり伝えるためには、「2メートル以内での対話を重視すること」も大切です。会社では、大きな会議室で多くの社員に向けてスピーチをすることももちろん必要ですが、少人数で話すほうが、はるかに効果があります。1対1、もしくは数人対数人で対面してコミュニケーションをとれば、10言ったことのほぼすべてが伝わると考えていい。しかし、その反面、大きな会議室で大勢を相手に話した内容は、10のうちの1くらいしか伝わらないものです。
これは、お客さまとのトラブルを解決するときも同じです。お客さまと顔と顔を突き合わせて懇切丁寧に説明すれば、問題はほぼ100%解決すると言っていいでしょう。
「伝わるネーミング」ということにも触れておきましょう。いいネーミングは、ひらめきだけでは生まれません。その名前が表すものについてとことん勉強し、考え抜き、悩み抜き、手間をかけなければなりません。コンセプトを徹底的に考え、その名前にまつわる「物語」をつくることが大切です。ただし、わざとらしい造語は使わないほうがいい。

車内でゆっくりと過ごしながら、九州各地を回ることができる周遊型寝台列車「ななつ星in九州」のネーミングは私が考えたものです。九州の7つの県を星になぞらえたネーミングで、九州の人たちを星のように輝かせたいという思いも込めました。このネーミングは、九州各県の皆さん、県知事らにたいへん喜んでいただけました。乗客の皆さまにもとても好評で、感激して泣いてくださる方も少なくありません。

私はこの列車、そしてこのネーミングには、気が満ちていると思っています。気が「感動」というエネルギーに変化し、お客さまの涙を誘う。そういうことがありうるということを、私は「ななつ星in九州」から学びました。

最後に、気を溢れさせるために必要な5つのことを紹介して、私の話を終えたいと思います。

1 夢みる力
2 迅速できびきびした動き
3 明るく元気な声
4 スキを見せない緊張感
5 常に向上しよう、成長しようという貪欲さ

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Where the idea comes from?


HAKUHODO THE DAY Executive Creative Director/CEO  佐藤 夏生

言葉が未来をモデリングする

マーケティングにおいて最も重要な要素の一つは、「アイデア」であると僕は考えています。優れたアイデアとは、「今はまだないもの」を生み出すこと。つまり、イノベーションを実現するということです。
例えば、夜空にはたくさんの星があります。星はそれだけならただの点ですが、点と点をつなげることによって星座になります。もともとそこにはなかったものだけれど、見方を変えることで白鳥や人の形が見えてくる。これがアイデアの実践の一つの例です。
「今はまだないもの」をビジネスの中で説明する、伝えるためには、言葉が有効です。言葉が「今はまだないもの」をモデリングする役割を果たします。いわば「未来をモデリングする力」が言葉にはあるということです。

では、マーケティングやイノベーションにおいて、言葉は具体的にどのような役割を果たすのでしょうか。いくつかご紹介していきたいと思います。

言葉の力、ネーミングの力

ネーミングは、まさしく言葉の力が発揮される領域です。例えば、でこぼこの坂があるとします。それをたんに「でこぼこ坂」と名づけても、人をワクワクさせること、その坂を通ってみようと思わせることはできません。ですが、例えば、でこぼこの坂を歩いているとき「おっとっと」と思わずよろけてしまい、その感じがまるで酔っぱらっているときの千鳥足のようであると気づくとします。そして、その坂に「酔っぱらい坂」と名づけてみる。そうすると、その坂に行って歩いてみたいな という気持ちを喚起することができます。その坂はきっと人気スポットになるでしょう。
これがネーミングの力です。ネーミングの役割とは、ソムリエがワインの味や香りを人に伝えるように、モノや場所の感覚を、それを知らない人に伝えることであると言ってもいいかもしれません。
もう一つ、こんな例があります。博報堂本社のカフェでは、ランチタイムに惣菜が10種類ほど販売されます。何種類もの惣菜があって、そのすべてが美味しかったとしても必ず人気に差が出ます。あまり人気のない惣菜は、普通は売れ残りますが、ここではそうはならないようになっています。
実は、このカフェには、「わがまま定食」と「お母さん定食」という二種類の定食があります。「わがまま定食」は、好きな惣菜を自由に選べる定食。一方「お母さん定食」は、「ちょっとお得」になっている、あまり人気のない惣菜を組み合わせた定食です。「お母さん定食」というネーミングから、「好きなものだけでなく、おかずは幅広く食べなさい」という母の声を感じます。この「お母さん定食」というネーミングの力で、人気のあるなしにかかわらず、すべての惣菜を売り切るビジネスモデルになっているんです。

長寿深夜番組「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」という名物コーナーも、ネーミングが冴えてる例です。「洋楽の歌詞が日本語に聞こえる」ということを発見したわけですが、それを「空耳」というネーミングにしたことで新しい遊びとして定着しました。
また、2012年に開催されたロンドンオリンピック・パラリンピック大会のCMで、障がいのある選手を「ハンディキャップ」ではなく「スーパーヒューマン」という言葉で表現し話題となりました。障がいをものともせず記録を出し続けている。それがまさしく「スーパー」であるというわけです。それまでの社会のパーセプション(認識・知覚)を言葉の力によって書き換えた例と言えると思います。

ブランディングと言葉の関係

いろいろなものを手繰っていって、つなぎ合わせることによって生まれた何かを表現するときに言葉は非常に有効です。また、ものの見方を変えようとするときにも、言葉が力を発揮します。僕自身の仕事の中では、次のような例があります。
「止まったブランドを動かす」「上に立つブランドから、前に立つブランドへ」「ブランドのキワ」「求心力と遠心力」──。いずれも、7年ほどおつき合いのある、ある企業のマーケティングチームと共有してきた言葉です。
現代は、「安心、信頼」よりも「勢い、ワクワク」の方がブランドにとってより重要である。勢いがあって、ワクワクする。そういう感覚がないと、人々はそのブランドに惹きつけられないのではないか。僕はそう考えています。また、ブランディングとは、ブランドのパーセプションを更新していく作業であるとも思います。同じことを言い続けてもパーセプションは更新されません。次々に予想もできないことを提案し、人々をワクワクさせていくことが重要なのではないか。そんな考えを表したのが、「止まったブランドを動かす」という言葉です。
ブランディングについて議論する場合は、「ブランドのコアにあるものとは何か」という話題が必ず出ます。それももちろん大事ですが、ブランドのコアにある「信頼感」と、それとは相反する「裏切り」が交錯することによってブランドは強くなっていくというのが僕の仮説です。つまり、人を安心させる部分と、意外性によってドキドキさせる部分。その両方が大事だということです。僕はその「意外性によってドキドキする部分」を「ブランドのキワ」と表現しています。

あるいは、ブランドのコアを「らしさ」、ブランドのキワを「らしくなさ」と表現してもいいかもしれません。「らしくなさ」を「らしさ」に加えていく作業がブランドを強くする、ブランドを更新する作業なのではないかと思うのです。
しかし、その取り組みを「ブランドを壊す」と言ってしまっては、クライアントには納得していただけません。そういうとき僕は、「遠心力」という言葉を使うことにしています。求心力が「ブランドのコア」「安心感」「らしさ」に関わるとすれば、遠心力は「ブランドのキワ」「意外性」「らしくなさ」を追求しようとする動きです。もちろん、ブランディングは遠心力一辺倒で成立するものではありません。既存のビジネスには形があり、既存の顧客がいますから。ただし、クライアントとのミーティングの際には、そのプロジェクトが遠心力を追求するものなのか、求心力を追求するものなのか。それを明確にし、遠心力を追求すす場合は求心力の話はしないということを徹底するようにしています。

モノと人との新しい関係を表す言葉を

さて、「今はまだないもの」を生み出すきっかけはどうつかめばよいのか。それについてお話します。僕はカメラが好きで、ライカやコンタックスなど銀塩時代の古いカメラをケースに入れて大事にしています。しかし、最近、デジタル一眼レフを買った時にはケースを買いませんでした。なぜなら。デジタルカメラは、2、3年でスペックが更新されるアイテムであって、一生大事に使い続けるアイテムではない。つまり、ケースで大事に守りながら使う必要はないと考えたわけです。
この自分の行動は、「デジタルカメラはすでに愛着の対象ではない」という新しい視点を僕自身に提供してくれました。これと同じように考えると、アップルウォッチが普及することで、時計も結納の品、昇進の記念に買うといった愛着の対象から、そうでなくなる日も近いかもしれません。つまり、モノと人の関係は時代の中で変化しているということです。これまでになかった何か新しい感覚や関係が日々生まれているのです。
こんな話もあります。僕の会社で採用した若いデザイナーは、16歳から32歳まで乗っていた何の変哲もない自転車を最近8万円もかけて修理したそうです。僕の世代であれば、「8万円あれば新しい自転車が買えるのに」と考えてしまいますが、彼は「直せばまだ乗れるから新しいものを買う必要はない」と判断したのです。ここにもまた、何か新しい時代のモノと人との関係があるように僕には感じられます。
その感覚を僕はまだ正確に言語化できていません。しかし、これは今後マーケティングを考えていく上で非常に重要な感覚になっていくだろうという強い予感があります。この感覚から、「今はまだないもの」、つまり、イノベーションが起こっていくのではないかと。
今後、この感覚を研磨したり、この感覚をめぐる議論に人を巻き込んだり、モデリングしたりしていく作業の中で、言葉が非常に重要になる。そう僕は考えています。

後編に続く

※登壇者の所属・肩書は、講演当時のものであり、現在の情報と異なる場合があります。