デジタル・トランスフォーメンションの進化に伴い、マーケティングは新たな局面を迎えています。企業では独自のデータベースの整備が進み、顧客の様々な行動データが蓄積されています。これからのマーケティング・マネジメントは、デジタルデータをどう活用し、いかに価値創造につなげていくかが問われていると言ってもいいでしょう。このテーマに関して、マーケティングの世界的権威でもある、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のモーハン・ソーニ―教授にお話を伺いました。

価値創造者としてのCMO

これまで、企業におけるマーケティングコミュニケーション部門の役割は、「市場調査の実施」であり、「ポジショニング戦略の策定」であり、「メディアキャンペーンの実行」であり、「ブランド認知度の測定」であると考えられてきました。

しかし、これからのマーケティングには、これまでとは違った役割が求められます。それは「価値を創造する」という役割です。すなわち、「収益を増やすこと」であり、「カスタマージャーニーを作り出すこと」であり、「マーケティング・オートメーションを管理すること」であり、「顧客を分析すること」です。とくにマーケティング活動を統括するCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー=最高マーケティング責任者)は、何よりも「価値の創造者」でなければなりません。

価値の創造は、ビジネスのイノベーションと密接に結びついています。ビジネスイノベーションとは、ビジネスの様々なプロセスを創造的に変革することによって、顧客に対して新しい価値を提供することを可能にするものだからです。

ビジネスイノベーションを起こすためには、新しい「発明」と生活者の「インサイト」を上手に組み合わせる必要があります。指標とすべきは「製品」ではなく、それが生み出す「価値」です。また、このイノベーションはビジネスプロセスの全体を視野に入れたものでなければなりません。

ビジネスイノベーションを促すフレームワーク~「イノベーションレーダー」の活用

ビジネスイノベーションを目指すために有益なフレームワークが「イノベーションレーダー」です。このフレームワークは、4つのカテゴリー、計12の要素から成っています。

1 製品・サービス
製品/プラットフォーム/ソリューション

2 顧客
顧客/インタラクション/マーケティングコミュニケーション

3 オペレーション
プロセス/顧客獲得/マネジメント

4 パートナーシップ
エコシステム/チャネル/サプライチェーン

イノベーションレーダーの具体的な活用法として挙げられるのは、以下のようなものです。

●可視化……イノベーション戦略をマッピングする。
●連携……イノベーション戦略に関する共通認識を作る。
●ブレーンストーミング……新たなイノベーションのきっかけを生み出す。
●ベンチマーク……競合他社のイノベーション戦略と比較する。
●方針策定……イノベーションを起こすための方向性を見極める。

ではCMOは、このフレームワークのどこに注力すべきなのでしょうか。それは「顧客」の領域です。マーケティングとは、常に顧客に向けて行われる活動だからです。

CMOは顧客を見据えながら、マーケティング活動をより適切な形にトランスフォームしていかなければなりません。トランスフォーメーションは長い道のりであり、必ずしも、単純な一本の道でもありません。

マーケティング・トランスフォーメーションを実現するための、5つのレーン

私は、マーケティング・トランスフォーメーションは「5車線の道」であると考えています。つまりレーンが5つあるということです。では、それぞれのレーンについて、詳しく見ていきましょう。

【レーン1】エンゲージメントとコンテンツ

1つ目のレーンにおけるトランスフォーメーションは、「露出型マーケティングからエンゲージメント・マーケティングへ」と表現できます。製品やサービスを一方的に売り込む(露出させる)のではなく、顧客の悩みや課題に応え、顧客のニーズを満たす情報を提供することによって、エンゲージメント(深い関係)を生み出すこと。すなわちエンゲージメント・マーケティングを実行すること。それがこの第一レーンでの目標となります。

エンゲージメント・マーケティングにおいて重要なのは、顧客との深い関係を構築するために、顧客にとって意味のあるコンテンツを制作し発信していくことです。つまり、エンゲージメント・マーケティングは、コンテンツ・マーケティングと不即不離の関係にあるということです。
コンテンツ・マーケティングの原則は以下のとおりです。

●顧客の役に立つ……コンテンツは常に顧客にとって有益なものでなければなりません。十分に満たされていない顧客のニーズに応えるか、顧客の疑問に答えるか。そのどちらかを実現する。

●「人格」を設定する……コンテンツを展開する際には、あたかもそれを誰かが語っているかのように特定の人格を想定し、その人格に忠実なコミュニケーションを目指す。

●セールストークを避ける……製品を売ることではなく、「ストーリー」を伝えることに集中すべきです。 会社や製品のセールストークをすればするほど、共感してくれる顧客は少なくなるでしょう。

●最高のコンテンツを作る……コンテンツにじっくり接してもらいたいなら、発信する側が、そのテーマに精通することが必要です。そうして顧客の心を捉えるコンテンツを提供し続けなければなりません。コンテンツ展開とは、BtoBでもBtoCでもなく、HtoH(人間対人間)のコミュニケーションであると考えるべきです。

エンゲージメントを生み出すには、顧客に対して確かな価値を提供しなければなりません。価値のタイプには、「情報価値」「利便性価値」「社会的価値」「コミュニティ価値」「感動的価値」「娯楽価値」などがあります。顧客はこれらの価値を企業とのエンゲージメントの見返り(ROE=リターン・オン・エンゲージメント)として得ることになります。

【レーン2】データの収集と分析

2つ目のレーンは「データ」に関するものです。これまで、マーケティング担当者が顧客を分析する際に頼りにしてきたのは、CRMシステムに蓄積されたトランザクションデータでした。しかしこれは顧客の全体像を教えてくれるものではなく、顧客の過去の行動を示すデータに過ぎません。

顧客を真に把握するには、トランザクションデータに、ソーシャルメディアのデータや位置情報データを組み合わせ、360度から見た顧客像を構築する必要があります。いわば「トランザクション視点による顧客像」から「包括的視点による顧客像」へのトランスフォームを実行するということです。それによって、細かなコンテキストまでを踏まえた顧客体験を作り出すことができるのです。

「包括的視点」を得るためには、従来の「人口動態データ」や「心理学的データ」に加えて、「意向」「行動」「位置」「SNSでのシェア動向」「紹介経路」「ブランドをめぐる対話」などに関するデータが必要になります。

この広範なデータ活用によって実現するのが「行動マーケティング」です。行動マーケティングとは、顧客の意図、プロフィール、行動などに関するデータを自動的に分析し、個別かつリアルタイムにマーケティングコミュニケーションを行う手法です。従来の「多様なセグメントとオーディエンス」を対象とするマーケティングから「個別の顧客」を対象とするマーケティングへ。「データの事後的な一括処理」から「リアルタイムの分析」へ──。包括的なデータ活用によって、そのようなトランスフォーメーションが可能になるのです。

【レーン3】プロセスと実行

3つ目のレーンにおけるトランスフォーメーションは、「ウォーターフォール型マーケティングからアジャイル型マーケティングへ」です。

「ウォーターフォール型」とは、ご存知のように、「大きなプランに従って工程を段階的に進めていく」手法であり、「決して前段階には戻らない」ことを前提とした手法です。まさに、滝から流れ落ちる水が上流には決して戻らないように。

一方、「アジャイル型」とは、「細かなプランニングとテストを繰り返しながら、機動的(アジャイル)にプロジェクトを進めていく」手法です。

この二つのアプローチの違いは、マーケティングでは「キャンペーン型」と「対話型」と言い換えることもできます。キャンペーン型マーケティングは、キャンペーン展開をストーリーの軸として、ブランド体験を線的に構築していく手法です。それに対して、対話型マーケティングは、様々なメディアやツールを使って顧客との対話を繰り返して関係を深めていく手法であり、「オールウェイズ・オン・マーケティング」、つまりそのコミュニケーションを継続的に実行していく手法です。

このアジャイル型=対話型マーケティングを実行するために求められるポイントは、以下のようなものです。

●顧客の悩みや、顧客が現在夢中になっていることを把握し、早期に、かつ継続的にマーケティングを実施する。
●2週間に1回、2カ月に1回など、短い周期でマーケティングプログラムを見直し、実行する。
●変化に機敏に対応することで、競合他社との差別化を図る。
●営業部門、販売部門、広告会社などとの密接な連携を図る。
●失敗を恐れない。ただし、同じ失敗は繰り返さない。

【レーン4】スタッフと組織

これまでマーケティング担当者は、主に「コミュニケーションの担い手」と考えられてきました。でもこれからは、「価値創造の担い手」に変わらなければなりません。そのためには、スタッフィングや組織も変えなければならないでしょう。それが、4つ目のレーンにおけるトランスフォーメーションです。

新しいマーケティング組織は、コンテンツ、データ、マーケティングシステムを適切に管理し、価値創造をすることを主な役割として構成されるべきです。それを実現するためには、新たな役職の設置や新しいスキルを身につける仕組み作りも必要でしょう。さらに、マーケティング部門への新規人材採用も進めていかなければなりません。

新たなマーケティング組織とは、以下のようなファンクションをCMOが一元的にまとめ上げる組織です。

●コンテンツ担当ディレクター
●分析担当ディレクター
●オペレーション担当ディレクター
●パートナー担当ディレクター
●顧客体験担当ディレクター

また、組織の変更と移行を実施する場合には、次のような要件が必要とされるでしょう。

●組織変更の最終的なビジョンを社内で説明する。
●マーケティング部門内のファンクション間のインターフェースを整備する。
●販売、営業、IT、製品開発、顧客ケアなど、社内他部門とのインターフェースを整備する。
●社員のスキルセット向上を目指した研修プログラムを準備する。
●組織に求められるスキルをさらに満たすために、新規人材採用や、事業契約者との協働を推進する。

【レーン5】プラットフォームとオートメーション

5つ目のレーンでは、「システム」のトランスフォーメーションを目指します。従来の機能別、部門別のシステムから、顧客窓口を統合した「統合エンゲージメントシステム」へ。そのトランスフォーメーションによって、あらゆるチャネルにおいて顧客とシームレスにつながることが可能になり、統合されたエンゲージメントが可能になります。それは、「顧客エンゲージメント3.0」のプラットフォームを作るためのトランスフォーメーションと言ってもいいでしょう。

「顧客エンゲージメント1.0」の段階における顧客との主要な接点は、マスメディアでした。「顧客エンゲージメント2.0」になると、それがソーシャルメディアに変わりました。そこでは、双方向なコミュニケーションのみならず、CtoCを含む多方向のコミュニケーションを実現しました。しかしこの段階では、コミュニケーションがチャネルごと、あるいは社内部門ごとに行われるケースがほとんどでした。その接点を一本化かつ自動化し、統合的なコミュニケーションとして実現するのが「顧客エンゲージメント3.0」です。

マーケティング・マネジメントに求められる、新しいリーダーシップ像

以上述べてきたように、マーケティング・トランスフォーメーションには「5つのレーン」があります。しかもトランスフォーメーションは、すべてのレーンで同時並行的に進めなければなりません。

そのトータルな変化の先頭に立つこと。それこそが現在のCMOの極めて重要な役割です。そのためには、CMOはデジタルの最前線に通じていなければならず、会社のリーダーでなければなりません。CMOは、これまでになかったような新しいリーダーシップ像を体現していかなければならないのです。

これからCMOの役職を担っていく人たちは、大きな課題を背負うことになります。しかし、同時に大きなチャンスを手にすることができるとも言えるでしょう。新しいリーダー、新しいCMOが次々に誕生し、新しいマーケティングを作っていくことを期待しています。

モーハン・ソーニ―
ノースウェスタン大学・ケロッグ経営大学院 教授

イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローも務める。アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどの企業戦略コンサルタントとしても活躍。