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日本におけるCMOの潮流(ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン2016より)

2017.01.16
#CMO#マーケティング

2016年10月11日(火)~12日(水)に開催された「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン」。
世界的なマーケティングの権威が一堂に会した、このカンファレンスで博報堂は、「日本におけるCMOの潮流」と題したインタラクティブセッションを企画・開催しました。
司会は、博報堂/エグゼクティブマーケティングディレクターの安藤元博が務め、資生堂ジャパンの音部チーフ・マーケティング・オフィサー(以下、CMO)、ネスレ日本の石橋CMO、そして、マツダ専務執行役員の毛籠氏をお迎えし、CMOの担う責務と役割について、会場からの声も交えながら議論しました。今や、経営の中心課題とも言われるマーケティング。その中核を担うCMOは、今後ますます増えるものと予想されます。その可能性と課題についての貴重なセッションを再現しました。

<開催概要>
【日本におけるCMOの潮流】
日時:2016年10月12日(水)
会場:グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール
主催:ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン カウンシル
<パネラー>
音部大輔(資生堂ジャパン 執行役員 チーフ・マーケティング・オフィサー)
毛籠勝弘(マツダ 専務執行役員)
石橋昌文(ネスレ日本 チーフ・マーケティング・オフィサー)
※役職名は2016年10月時点のものです。
<モデレーター>
安藤元博(博報堂 エグゼクティブマーケティングディレクター)

マーケティングの「共通言語」をつくる

司会(安藤) 現在では、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)という役職について知らないマーケティング関係者はいないと思いますが、ほんの5、6年前まで、この言葉は日本では定着していませんでした。2013年に経済産業省が発表したレポートによれば、米国ではフォーチュン500社中、6割を超える企業がCMOを設置しています。一方日本では、時価総額上位300社中、CMOを設置している企業はわずか0.3%にとどまっています。もっとも、この数字が公表されたのは3年前で、ここ数年、日本でもCMOを設置する企業が徐々に増えてきています。このセッションでは、CMO、もしくはそれに該当するポジションの方をお招きし、CMOの重要性や役割などについての議論を深めていきたいと思います。

音部 企業によってCMOの仕事やミッションはさまざまです。売り上げや利益の達成、ブランドマネジメント、もちろん、マーケティング組織の成長への責任もあります。では、組織の成長とは何でしょうか。私は、「昨日できなかったことが、今日できるようになること」であると考えています。では、「できない」と「できる」の差とは何でしょう。そこで作用しているのは、広い意味での「知識」です。社内のマーケターが知識を蓄積し、知識を流通しやすくすれば、それだけ組織は成長しやすくなります。

音部大輔(資生堂ジャパン 執行役員 チーフ・マーケティング・オフィサー)

仮に、ある組織に200名のマーケターがいるとします。彼・彼女らは、ブランド、メディアなど担当領域の異なる10個のグループに帰属しています。200人が10個のグループに分かれている状態は、「20×10」と表現できます。一方、オペレーション上は複数のグループを維持しつつも、一つの組織の中でさまざま知識を流通させることができれば、「200×1」となります。
ここで、ひとつ演習をしてみます。マーケター一人ひとりの経験をすべてのマーケターが共有するとします。20人からなる小組織でそれを行えば、「20×20=400」となります。グループ数は10ですから、全知識流通量は「400×10=4000」です。一方、200名が一体感を持つことができる組織であれば、数式は「200×200=40000」となります。実に10倍の差が出るわけです。
計算上のトリックにも見えますが、事実、会社の中では、200名のマーケターがいろいろな経験をしていながらそれを共有できていない、という事態が当たり前に起きています。ブランドごと、あるいは部門ごとのサイロ化と知識の分断を避け、知識の共有を促し、「共通言語」を確立することができれば、組織は大きく成長していくでしょう。それを実現するのがCMOの重要な役割である。私はそう考えています。

マーケティングのアプローチを全社に浸透させる

石橋 ネスレでは、カテゴリーごとに設置された事業部を、「ファンクショナルユニット」と呼ばれる部署が横軸でサポートする構造になっています。「マーケティング&コミュニケーションズ本部」「人事総務本部」「生産本部」「サプライチェーンマネージメント本部」「調達本部」「財務管理本部」「営業本部」などがそのユニットです。

石橋昌文(ネスレ日本 チーフ・マーケティング・オフィサー)

私が所属するのは「マーケティング&コミュニケーションズ本部」です。マーケティングに関わる業務は多岐にわたります。そこで、マーケティングの専門知識を持った私たちが各事業部を支えるわけです。
私が担当しているのは、主に消費者コミュニケーションに関わる業務です。メディアプランニングを軸としたエージェンシーリレーション、オウンドメディアを軸としたデジタルコミュニケーション、広報、市場調査、コールセンターなどです。各事業部が個別にこれらのファンクションを持つとすると、非常に非効率で大きな組織になってしまいます。
私のCMOとしての役割は、よりよい消費者コミュニケーションを通じてビジネスの成長をサポートすることです。どのようなコンテンツが有効で、どのようなチャネルで展開していくべきなのかを各事業部と議論しながら進めていきます。また、日常のビジネスやトレーニングを通じて、各事業部のメンバーの成長を促進すること、コーポレートブランドをプロモートすることも私の重要な役割です。
私たちは、マーケティングをマーケティング部門だけの仕事だとは考えていません。マーケティングとは「顧客の問題を発見し、それに対するソリューションを提案すること」です。社内の全部署がマーケティングに取り組む、あるいはマーケティング的なアプローチをすることで、イノベーションを起こすことができる。そう私たちは考えています。

経営課題としてのマーケティング

毛籠 マツダは数年前に「ブランド価値経営」を会社の経営方針としてから、グローバルな成長が継続しています。お客さまがマツダ車のある生活でいきいきと輝き、走る喜びで豊かに幸せになれる。そのようなブランド価値を提供し続け、選ばれる企業として存続し、安定的な経営を行っていく──。それがブランド価値経営の基本的な考え方です。かつてのマツダは、規模の成長に偏向したビジネス哲学によって、お客さまの信頼を失いました。そこから180度の転換を行ったわけです

毛籠勝弘(マツダ 専務執行役員)

経営方針を変更する際、まずシニアマネジメントチームがブランド価値経営について徹底的に議論し、経営理念を実現するためのマーケティング戦略についても議論しました。しかしその際、「マーケティング戦略検討」という言葉は使いませんでした。マーケティング部門が主管であるという認識を払拭し、壁を取り払った議論をしなければならないと考えたからです。次に、そこで策定したマーケティング戦略の枠組みをもとに、商品開発戦略と営業戦略を立案しました。この両輪がブランド価値経営を支えるマーケティング戦略として一気通貫で機能していることが弊社の特徴的な点であり、今年、第8回日本マーケティング大賞のグランプリを受賞できたのも、それをご評価いただけた賜であると考えています。
私は社内外に対し、このブランド価値経営に基づくマーケティング戦略を統括する立場にあります。役職としてCMOという名称はついていませんが、対外的にはCMOという役割にあたります。具体的には、販売、コミュニケーション、カスタマーサービス領域など、生活者との接点すべてにおいて経営チーム全員で設定したマーケティング戦略の枠組みを具体化し、その実行、浸透、モニタリングをグローバルに指揮するのがミッションです。
私の考えるCMOの役割とは、経営視点を持って顧客への価値創造を最大化するための設計図を描くことと、組織全体をその仕組みの中に巻き込み、経営理念に沿ったオペレーションを実現させていくことであると考えています。
私は、CMOの定義は多様であっていいと思っています。業態や経営方針によってCMOの立ち位置は異なって然るべきです。しかし、共通する役割もあります。それは、マーケティング戦略を単に販売やツールを使った需要の創出という領域にとどめずに、経営戦略と直結させるという役割です。マーケティングへの意識が高まり、CMOに関する議論が活発になっていくことに期待しています。

CMOの役割、その本質を問う

司会(安藤) ここからインタラクティブセッションに入っていきます。昨日、会場のみなさまからいただいた質問からいくつかをピックアップし、パネラーの方々に答えていただきます。

司会 安藤元博(博報堂 エグゼクティブマーケティングディレクター)

──「あらためてCMOの役割とは何か。とくに他部門、他のCクラスとの協働について」

音部 CMOがマーケティングの具体的な実務にどのくらい関与すべきか。それは、企業によって異なると思います。しかし、その企業におけるマーケティングの取り組み全体の枠組みをつくるのがCMOの役割であるという点は、どの企業にあっても共通しているのではないでしょうか。
他のCクラスとの協働は、CMOにとって非常に重要な仕事だと思います。個々のブランドの定義づけをし、それぞれの部門がブランドのビジョンを共有するためには、部門間でマーケティングの方向性を一致させることが欠かせないからです。

毛籠 私はマーケティングの責任者として、開発、経営企画といった社内のキーファンクションと密接なコミュニケーションを取るようにしています。また、デジタルが全社的なビジネスインフラになっている今日では、IT部門との連携も欠かせません。マツダは志や夢を全社的に共有することを非常に重視しています。その共有のためのプラットフォームを他部門と連携してつくることが、マーケティングトップの重要な仕事だと考えています。

石橋 私も、各事業部と議論し、ともにコミュニケーション戦略を立てることに一番時間を割いています。その次がCEOとの対話です。

──「デジタル技術の進展は、CMOの役割にどのような影響を与えるのか」

毛籠 現在、世界中の多くの人たちが、スマートフォンのようなデジタルツールを持って、同じようにデジタルに接しています。これはこれまで人類が経験したことのない世界です。今後、事業の形態やバリューチェーンは根底から変わっていくでしょうし、ITプラットフォームがすなわちマーケティングプラットフォームになると考えていいと思います。デジタルとマーケティングは、今後より密接な関係になっていくでしょう。

音部 例えば、「東京ガールズコレクション」のようなファッションイベントは、会場にいる人の何十倍もの人たちがインターネットによってリアルタイムで体験できるようになっています。いわばイベントマーケティングがデジタルによってエンパワーされているわけです。また最近では、やはりネットによるユーザーとのコミュニケーションをブランディングの過程に組み込むブランドも出てきています。デジタル技術に対する知見を抜きにCMOの役割は務まらない。そう言っていいのではないでしょうか。

──「欧米企業と比較して、なぜ日本にはCMOが少ないのか。CMOが機能する条件とは何か」

石橋 日本では「マーケティングとは何か」がしっかりと定義されていないという問題があると思います。私たちは、マーケティング部門は「売り上げと利益に責任をもつ部署」と定義しています。定義は企業によって異なるでしょう。まずはその定義をし、それに見合った組織をつくることが大切ではないでしょうか。重要なのは、CMOを設置することではなく、「ビジネスの成長のために何が必要か」という視点です。そのうえで、CMOという役職が必要であれば設置するという順序が望ましいと考えます。

毛籠 同感です。私は以前、社長にCMO設置を強く提案したことがありました。しかし社長には、「肩書きよりも、どのような機能や役割が必要かを考えろ」と言われました。その結果、必ずしもCMOという肩書きは必要ないという結論に至ったわけです。
日本企業は歴史的にチーム経営を得意としています。したがって、マーケティング課題をいろいろな部門で共有することは決して苦手ではありません。例えば、製造部門が「お客さまにいかに価値を提供するか」ということを真剣に考えるようになる。それがマーケティング課題を共有しているということです。そのような意識を醸成することが本質であって、CMOという役職を設置するかどうかは二次的な問題であると言えると思います。

音部 私も、社内でマーケティングの定義を明確にすることが第一だと思います。社内での議論の結果、例えば、開発や製造など、モノづくりのプロセスをマーケティングの枠組みの中で行うことが重要であるということになり、それを機能させるためにCMOが必要なのであれば設置する。そのような流れで考えていけばいいと思います。

──「日本の自動車会社や家電メーカーはエンジニアリング主導の組織であることが多い。マーケティングは広告や販促のように狭義のポジションと考えられる傾向がある。どうすればいいか」

毛籠 弊社は開発や製造部門の存在感が非常に大きい会社です。その風土の中でマーケティングを全社的な課題とすることができたのは、「同じ志、夢を持とう」というメッセージをマーケティングの意識とともに広めていったからです。そのような共通のビジョンがあれば、マーケティングをより広義に捉えられるようになるのではないでしょうか。

──「資生堂は、“傘ブランド”としての資生堂と、その傘下としてのブランドという形をとっている。その2つをマネジメントしていくうえで何を大切にしているか」

音部 ブランドとは「意味」であると私たちは考えています。一つ一つのブランドには固有の意味があって、提供できるベネフィットがある。その意味を際立たせるために、個々のブランドの存在感を重視しています。コーポレートブランディングももちろん重要ですが、それは個々の商品のブランディングとは別のものであるという考え方に基づいてブランドマネジメントをしています。

──「これからCMOを導入しようとしている日本企業へのアドバイスをお願いします」

石橋 繰り返しになりますが、個々の企業に合ったマーケティングを定義し、それを実現するためにどのような組織がベストなのかを考えることが大切です。その組織をどうつくり、どう運営するかはトップの決定事項となるでしょう。

毛籠 マーケティングとは、価値を創造する行為であり、その価値を享受する生活者に幸せになってもらうことであると私は考えます。日本企業は技術や製造といった部門が強いのですが、価値を収益に変えるという点に弱点があります。そこをいかに変えていくかというところにマーケティング戦略の意味があると思います。
マーケティング戦略は企業の存続にとって極めて重要です。しかし、CMOを設置すればそれで解決するというものでもありません。どのようなビジョンを掲げて、どうすればそこにみんなが向かっていくことができるか。それを考えるところからすべてが始まるのではないでしょうか。

音部 人事部がなくなるとどうなるか。これは予想がつきやすいと思いますが、マーケティング部門がなくなるとどうなるかは、なかなかわかりにくいものです。私は、マーケティング部門の重要なミッションは、市場創造をすることであると考えています。市場創造をするという機能がその企業に求められるのであれば、マーケティング部門の存在は不可欠であり、それを統括する役割も必要であるということになります。やはり、マーケティングの定義が何より大切ということですね。

司会(安藤) CMOという役職を設置するか、あるいはCMOという名称をつけるかどうかが問題なのではなく、マーケティングを経営の中心のテーマとし、全社的な取り組みとする中で、CMOという役割が求められるようになる。それがパネラーの皆さんの共通するメッセージでした。これをきっかけに、日本でもCMOをめぐる問題意識が深まっていくことに期待したいと思います。

博報堂Consulactionサイトでも同レポートを掲載しています。

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