本連載もいよいよ最終回になりました。
今回は、前回予告どおり、なぜPR発想のマーケティングがワークしやすいのか、現場の生な話を交えて伝えていきたいと思います。

プロダクトアウトはオワコンなのか?

この連載はマーケティングの話、さらに言うと生活者の話をしているので必然的にマーケットイン、顧客第一主義で商品は作られるべきだという前提に立って私は話をしています。
けれども、一見矛盾するようですが、私はマーケットインの対義語とされるプロダクトアウト型のマーケティング戦略を否定する気は一ミリもありません。
日本にイノベーションが足りない、日本からGoogleやAppleが生まれないのはなぜか、といった議論が活発に行われるようになってきていますが、その原因をプロダクトアウト型のマーケティング戦略や商品開発のせいにしがちな風潮には疑問を感じざるを得ないのです。
というのも、PR発想の立場でソーシャルインサイトを掘っていくならば、イノベーティブな商品・サービスはプロダクトアウト型で生まれてきたように見えなければならないからです。

イノベーションとは何なのか?

ところで、イノベーションとは何なのでしょうか?
広辞苑(第 6 版)によれば、「【イノベーション】①刷新。革新。新機軸。②生産技術の革新・新機軸に限らず、新商品の導入、新市場・新資源の開拓、新しい経営組織の形成などを含む概念。シュンペーターが用いた。日本では技術革新という狭い意味に用いることもある。」
となっています。
理解できますか?意味が多岐にわたっている&抽象的すぎて私には無理です。
そこで、ソーシャルインサイトを掘る要領で、「イノベーション」という言葉をプロダクトアウトの象徴とも言える「ものづくり」との対比で見ていきましょう。これで少なくとも日本において、プロダクトアウトがオワコンなのか否かがはっきりするはずです。

(図1)

これはGoogle Trendsで日本における「ものづくり」と「イノベーション」の話題化傾向を調べたものです。
特に注目したいのは、「ものづくり」の話題が落ち込むタイミングで、「イノベーション」の話題も落ち込むという連動性です。賛否両論あっても、日本においてはイノベーションとはものづくりによってこそ実現される、あるいはものづくりによって実現されて欲しい、というソーシャルインサイトがここに現れているのではないでしょうか?

コミュニケーション・ファーストの時代にマッチするプロダクトアウト

また、PRの観点から見ても、この結果は納得性が高いです。

例えば、あなたが「イノベーション」をマスメディアやソーシャルメディアで伝えようと思った時のことを考えてみてください。

GoogleやAppleのイノベーションを誰もがわかるように伝えることができますか?
ちょっと難しいのではないかと思います。
では質問を変えてみましょう。あなたはAlphaGoやiPhoneのイノベーションを伝えることができますか?
どうでしょうか。劇的に簡単になったと思いませんか。

2つの質問の違いは、抽象度の違いです。もっと簡単に言うと、プロダクトがあるかないかの違いです。

そうなのです。どれほど素晴らしいイノベーションがあったとしても、それを具体的に絵として見せられなければ伝わらないのです。コミュニケーション・ファーストの時代にあって、具体的に提示できるファクトがないことは致命的です。

GoogleやAppleほどの体力も知名度もある世界的な企業であれば、プロダクトがなくても、構想や事業計画を出すだけで世界中から関心が集まり、大いに話題になります。しかし、みなさんがマーケティングを担当する事業や商品はほぼ例外なく「これから日本であるいは世界で勝負していこう」というシード期やアーリー・スタートアップ期にあるはずです。

このステージでは具体として提示できるモノがあることが必要不可欠です。だから「ものづくり」は大事なのです。
マーケティング戦略においても、商品の形で具体的に提示できることがあるか否かが、ビジネスの成否を分けてしまうことになります。コミュニケーション・ファーストの時代だからこそ、プロダクトの重要度はますます高まっているのです。

商品開発セクションの敷居をどう跨ぐか

ここまで読みすすめてもらえれば、ビジネスが成功するためにクリアしなければならない課題が見えてきたのではないでしょうか?
それは、商品開発にもっとマーケットインを意識してもらうことです。
あくまでプロダクトアウト型に見えるように、商品がヒーローに見えるようにしながらも、マーケティング戦略をどう浸潤させるか。
マーケティングセクションから見ると聖域化している商品開発セクションの敷居を、マーケティングの人間がどう跨ぐか。ということです。

第3回でも取り上げましたが、商品開発部門から見るとマーケティング部門は「理想的な広告・販促プランを遂行するために製品にテコ入れをしろ」と言ってくる厄介者に見えてしまうものです。
普段から「売れるモノを作れ」というプレッシャーのもと直近の売れ筋を意識させられ、「本当にいいものなら、わかる人がわかって買ってくれれば売れるはずなのに」という本音を少なからず押し殺しながら商品開発をしている人間のもとに、プロモーションの話しかしないマーケティング部門の人間がのこのこやって来た日には、感情が爆発してしまうことでしょう。
また、営業力・販売力が突出して強い企業の商品開発部門ならば、うるさいマーケティング部門をスキップして営業・販売部門に直接働きかけたほうが、「自分が作りたいものを曲げずに商品化できて、しかも売りの実績も作れる」という皮算用をしていることだってあります。

この圧倒的アゲインストの状態で、商品開発部門にマーケティング戦略をインプットするのに重要な役割を果たすのが、PR発想なのです。

PR発想がマーケットインを「ものづくり」に忍び込ませる

本連載ではPR発想をベースとして、第一回から一貫してソーシャルインサイトやソーシャルニーズを導いてきましたが、PR発想のマーケティングには、まだ見ぬ需要や将来の変化を予測するという本来の効果とは別に、「マーケットインの発想」を「ソーシャルインサイト」という言葉でオブラートに包んで提示するという副次的な効果・機能があります。まさに、この機能により、聖域であるプロダクト領域に、マーケットインの要素を忍び込ませることができるのです。

この効果は非常に強力です。

「プロダクトアウト型で成功したい」という本音を抱えている商品開発サイドに、「プロモーションのことばっかり話す」と思われているマーケティング部門は、いくらマーケットイン発想で商品開発における勝ち筋を掴んでいたとしてもそれを商品開発における直接的な要件として商品開発サイドにぶつけに行ってはいけません。

PR発想をもとに要件につながる世の中の状況や背景などをまず情報共有をしに行くのです。あるいはプロダクト要件としてまとめる前の段階にまであえて戻した情報を共有しに行くのです。

具体的には以下のような情報を共有しに行くことになります。

・世の中の論調はどうなっているのか
・商品を通じて伝えたいメッセージがメディアやSNSで流通する可能性はどの程度なのか?
・今まさに開発している商品に、もっとも強く賛同してくれそうなのは誰なのか?
・賛同してくれる人は購買ターゲットと同じなのか?
・翻って、いま、ターゲットは本当は何を欲しているのか?
・ターゲットが情報接触する場所はどこか?
・ターゲットに届き、刺さる情報は何なのか?
・ターゲットに刺さる商品USPは何になりそうか?
・それを伝えるには、どうすればいいのか?

ソーシャルインサイトやソーシャルニーズ、メディアニーズなどをベースにこれらの情報を伝えながら、3C分析や5C 分析の内容をどんどんインプットしていくことができます。

たとえ商品開発部門が聖域であったとしても、「プロダクトアウト型で成功したい」と望む彼らにとって、商品開発の指針となり得る、あるいは開発方針が間違っていなかったことを確認できるこれらの情報は積極的に共有したい情報となります。

そして、この情報共有の過程で、マーケティング部門は商品開発部門とマーケティング課題をきっちりと共有することができるようになるのです。

(図2)

ここから先、マーケティング課題を共有した先へとさらに一歩踏み込み、開発部門をマーケティング戦略の実施フェーズにまで巻き込んでいけるかは、企業の組織形態やマーケターの対人スキルによるところが大きくなってしまいますが、取りつくシマもなかった開発部門と意識を共有できるだけでも、大成功と言えるのではないでしょうか?

これが、PR発想のマーケティング戦略がワークしやすい種明かしです。

ソーシャルインサイトの導き方から始まり、メディアの特性や、マーケティング戦略策定のトラブルシューティングなど、コミュニケーション・ファーストの時代にどうやったらワークするマーケティング戦略を立案できるのか、あるいはマーケティング戦略がワークするのかをお伝えして来た本連載はここで一旦終了いたします。

既に第一線でご活躍されているマーケターの方、マーケティングのスキルを伸ばしたいと日々苦悩されている方、マーケティングについて学びたいとお考えの方のお役に少しでも立てたのであれば幸いです。

安川 徹(やすかわ・とおる)
PR戦略局

コピーライターとして2003年博報堂入社、2009年からPR戦略局所属。
ソーシャルインサイトを読むことで、課題の見えにくい新規事業やサービスの立ち上げ、定番商品のリバイタライズを行う。
広報、PR、広告、メディアプランなどのコミュニケーション領域だけでなく、販売戦略や商品ライナップ戦略に至るまで、PR発想のマーケティング施策を立案・実施。2004年TCC新人賞、日経BP広告賞受賞。
(PHOTO by 馬場道浩)