「生活者発想を社会空間に実装する」をテーマに、新しい生活圏とライフスタイルを構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。
第二回は、「文化芸術が育む都市」の可能性について、京都市の文化芸術創造拠点であるロームシアター京都(京都市・岡崎)でプログラムディレクターとして活躍する橋本裕介さんとの対話です。
前編はこちら

文化を通して都市のネットワークをつくり上げる

鷲尾:
橋本さんがディレクターを務められている京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT(キョウトエクスペリメント)」ですが、昨年秋で8回目となりましたね。すっかり京都を代表するフェスティバルに育っているように感じています。当初はどのような思いで立ち上げられたんですか?

橋本:
もともと京都は、とてもパフォーミングアーツや演劇が盛んな都市です。もちろん歌舞伎や能楽などの伝統芸能の歴史もあるけれど、若くて独創的な劇団・ダンスカンパニーもたくさん活動しています。こうした若いアーティストたちの才能を集中的に紹介する機会をつくりたいと思ったのが、「KYOTO EXPERIMENT」を企画した最初のきっかけでした。
当時彼らが国内外に活動を展開しようと思っても、まず東京のお眼鏡にかなわないと出ていけないという状況があった。特にパフォーミングアーツって、その作品が生み出された街の背景やコンテクスト含めて観賞体験をしないと、作品の良さって本当はあまり伝わらないように思うんです。人間が演じるものだから、その人たちが普段どんな暮らしをしていて、どんなものを食べ、どんな言葉をしゃべっているのかということと地続きで初めて感じられることってあるはずで。世界各地で巡演されていくことはもちろん良いことなんですが、最初に見てもらうのは、まずその土地でどんな風につくられて発表されているのかという点にあって、そこを見て評価されるべきだと思うんです。そんな問題意識を持っていましたね。

鷲尾:

これは他の領域にも相通じることですよね。そもそも文化ってその土地での暮らしの蓄積だから。「食」はその最たるものですね。だからそれを探求したい料理人は、実際に食材の生産地を訪ねて、生産者に会い、その土地を見て、自分の舌で味わい、やっとひとつの食材に巡りあうことができる。

※スン・シャオシン『Here Is the Message You Asked For… Don’t Tell Anyone Else ;-』2017 京都芸術劇場 春秋座 (撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

橋本:
率直な印象として、東京の舞台関係者の人たちって横着だという印象があったんですよね。面白いものがあれば東京で上演すればいいじゃないかっていう「待ち」の感じで。どうしてその作品が生まれた現場まで観に来ないんだろうって。東京がまるで世界の中心みたいで、優れたものはそこに自然と集まってくるだろうというその感覚には、ずっと疑問があったんです。そんな東京のシーンに合わせて、パッケージすることを意識して作品づくりをしてしまうと、それこそグローバル企業がつくるような「商品」になってしまって、文化的価値としてはどうなのだろうと思います。

鷲尾:
商品が持つ使用価値とは異なる価値ですよね。文化的な価値は、それぞれのローカルの中に価値が蓄積するから、その価値を見つけるために実際に歩いたり、探したりして、交換しあうしかない。トップダウンではなくて、水平のネットワーク型で価値交換される。それにやっぱり人は使用価値だけでは生きていけない。

橋本:
そのことは当初からはっきりと意識していました。京都という街に根ざして、ちゃんと軸を持って発信していこうと。京都という、さほど大規模ではない都市だけど、「国際」芸術祭であることはすごく大切だと思っていました。
京都は、京都ならではのネットワークで世界の諸都市と関係をつくっていく。東京は東京とうまくコミュニケーションとりやすい街とネットワークをつくっていけばいい。たとえば福岡だったら、やっぱりアジアに近いから韓国や中国などアジア圏との都市とつながっていくという風に。その方がこれからは大切なんじゃないかなって思います。

鷲尾:
どんなに小さな都市でも、アートや文化を通してなら世界的なつながりを編み上げていくことができる。国という大きな単位ではなくて、生活や文化や歴史の手触りが直接感じられるようなスケールなら、それが出来る。これからは、小さくてもそんなつながりを通して、人が行き交うような街が増えていくといいなあと思うんです。

橋本:
最初は、京都の才能をダイレクトに世界へ、そして都市と都市とを文化を通して結びつけていくという狙いだったんですが、今は実は少しずつ京都や国内アーティストの比率が減ってきているんですね。もちろん身体が関係する芸術なので、アーティストがどこで暮らしているかということは重要なんだけれども、それと同時に、例えばブラジルのアーティストであっても、もしも京都が価値を見出したのなら、そのアーティストを京都が支えてもいいんじゃないかという発想へと深まっていったところがある。京都「在住」のアーティストだけを支えるのではなく、京都がつくりあげていったネットワークの中に現れてきた才能に対して積極的にサポートしていこうと。その人たちがつくりだしている作品は、いってみれば「世界」共有の財産であるわけだし。

※トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー『Anthology: Trisha Brown「Opal Loop / Cloud Installation #72503」』 (撮影:守屋友樹 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

都市の「フォーラム」として。

鷲尾:
京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」の制作、キュレーションの視点で大切にしている点ってどんなことですか?

橋本:

「政治性」ということははっきりと意識しています。狭義の「政治ネタ」ではなくて、今自分たちの身の回りで起こっていることについて、その作品体験を通じて考えるきっかけになりえるかどうか。それを真っ直ぐに観客へ投げかけていきたいと思っています。幸いにして「KYOTO EXPERIMENT」は表現上の検閲を直接的にも間接的にも受けることなく、これまで続けてくることができました。昨年の秋、三島由紀夫の小説「禁色」をモチーフにしたダンス作品を市長が観に来てくれたんですが、その中で男性同士の性行為を彷彿とさせるシーンがあるので、直前に「市長、これ結構ヤバいやつですからね、怒らないでくださいね」って言っていたんです。でも見終わって「どうでしたか」って尋ねたら、「これぐらいやらなアカンなあ」って(笑)。

鷲尾:
それはすごいですね。でも「エクスペリメント(実験)」だから。でも、これってその街の公共性って何かが試される瞬間ですよね。

橋本:

ここは本当に真剣に守らなきゃいけないところなんだと思うんです。もちろん運営上の配慮をしていますよ。ある種のクレーム的なものが来たときにどう対応するかについて、幾つかの対応策を準備しています。単純に言うと、周りが見ていられなくなるような「炎上」にならないようにしている。誰も火消しをしないで手が付けられなくなると、それを監督している行政としてもやっぱりしんどくなって持ちこたえられなくなるんです。そのときからセンサーシップは始まると思っているんです。とても気を遣うところなのですが、それでも今のこの体制はなんとか守っていかないといけない。実はそこが今、「KYOTO EXPERIMENT」が京都の芸術分野で果たしている役割の中で、一番重要なところかなという気もしています。

鷲尾:
それって、いわば都市の中の「フォーラム」としての機能だといえるんじゃないでしょうか。新しい問いを投げかけて、そこから多くの人たちと対話や議論が始まっていくための場づくり。見に来た人たちにとっては「今日は面白かったね」で勿論いいんだけど、何かそのあとに、ちょっと自分の身の回りを思い返したり、新しい視点で捉え直したりするきっかけになっていけばもっといい。

橋本:
僕らは「劇場文化を育てる」っていうふうに言っています。「劇場文化」って劇場とアーティストだけでなく、それを楽しんでくれる観客や市民と一緒になって育てていくことだと思うんです。だからこそ「フォーラム」として街の中で機能していくような場所でないといけない。まさにそこが劇場や文化施設がその街の中に存在する理由なんだと思う。

鷲尾:

文化庁の資料をみると、「文化芸術振興の意義」について「経済成長のみを追求するのではない、成熟社会に適合した新たな社会モデルを構想する」と明記されていたりする。これはちょっと固い表現だけど、でも個人的にはその通りだと思う。これから人がどのようにその街で共同して暮らしていくことができるかをみんなで考えて計画していこうということ。劇場や文化施設はそのための広場みたいなところかもしれない。

橋本:
「自治」ということなんだと思うんですよね。文化芸術が地域社会にもたらすことがあるとすれば。その点では、京都はもともと「自治」の意識が市民の中に根付いてきた街だったと思う。仮にちょっと物議をかもし出すような作品があったとしても、それは「自治」の範囲の中で許容されることが多い。例えば、「KYOTO EXPERIMENT」で初めて際どいシーンのある作品を発表したとき、実はその作品を発表する会場って廃校になってしまった小学校の跡地だったんですが、その地域の自治連合会の会長さんに話をして、その作品を上演することに賛同してもらった。すると、京都市を含む実行委員会で諮ったときには、ポジティブな議論になっていったという経験があります。

※池田亮司『the radar [kyoto]』 2016 AUTUMN ロームシアター京都 (撮影:浅野豪 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

劇場がまちを受けとめる

鷲尾:
今、新しくロームシアター京都でどんな取り組みが生まれていますか?

橋本:
少しやり始めていることとしては、演劇とか舞台の世界における学芸員みたいな人材を育てて、それが劇場にとって必要な状態にしたいということですね。つまり、劇場も博物館や美術館のような機能を持っていて、何か演劇的な知識や情報を知りたいなとか、昔どんな作品があったのか等を、アーティストや市民がいつでも引き出せるような環境を作りたいと思っています。

鷲尾:
図書館だけでなく、劇場も音楽ホールにもこうした機能があるといいですね。アーティストがその街を舞台に生み出したもの、あるいは世界でどんなことが起きているのか。そんなアーカイブの機能がちゃんとあれば、またそこから新しい創造性が生まれていくきっかけにもなるだろうし。

橋本:
実は「リサーチプロジェクト」という事業を始めているんです。まさに図書館化していくということかもしれないけど。劇場はそういう役割があると思うんです。まだ本当に微々たる規模でしかないけど、それでもこの取り組みに関わった人材が、翌年や翌々年の事業プログラムをつくる準備段階から活躍してくれるように育てばいいなと思っています。ドイツ語圏の演劇では「ドラマトゥルク」という名前で職能として確立されてるんですね。ちゃんと職員として雇用できればいいんですけどね。
他にも「CIRCULATION KYOTO」という、ローカルメディアをつくるワークショップも始めています。

鷲尾:
劇場がローカルメディアを作るプログラムを行うっていうのは、かなり面白いですね。

橋本:
美術館もそうだと思いますが、芸術が行われる場所って、基本的に「芸術には既に何らかの価値があって、それを人々に価値あるものとして紹介する」という、ちょっと上から目線みたいなのがあるように思うんですよね。僕はそういうのが気に入らんというか、何か変だなと思っていて。その地域に住んでいる人、暮らしている人たちの意識が、逆に芸術が生み出される場所に流れ込んでいくような仕掛けをつくることが大切じゃないかって思っているんです。

鷲尾:
さきほどの「ドラマトゥルク」という機能やリサーチプロジェクトとも通じる発想ですね。

橋本:
劇場側がコンテンツを一方的に市民に向けて提供するということだけではなくて、何か市民の側の思いをちゃんと受けとめるということをしないと、それこそ「フォーラム」になっていかないなと思うんですよ。劇場から市民へのベクトルだけじゃなくて、市民から劇場に向かってちゃんと作用するようなプロジェクトを育てていきたい。「劇場は地域の課題を考えるプラットホームである」ということで事業を認めてもらっています。まあ現場はめちゃくちゃ大変そうだけど、でも、それはコミュニケーションが増えることだからいいことだと思ってます。

クリエイティブなことをやるのは、むしろ地方の方が適している

鷲尾:
いま、「稼ぐ文化」や「文化GDP」なんてフレーズも使われだしていますね。

橋本:
はい。でも僕は「アートが経済を食わす」ってあまり想像できないですね。例えば西陣織の職人さんと普段から仲良くしてて、一緒に何か舞台を観に行って、「これおもしろいよね」とかって感想を語り合いながらお酒を飲むぐらいで自分は十分かなと思っている。先ほどの話にもつながりますが、やはり大切なのは、その街に暮らしている一人一人が自分自身の生活や自分の周りの社会を作り出す主体なんだっていう感覚、つまりは「自治」の精神を育んでいくことなんだと思うんです。
アートというのはそもそも誰に頼まれなくてもやっていることだからですよね。誰に頼まれないけれども、どうしてもやらざるを得ない想いの発露が芸術の基本だとするならば、その活動に接することは、人々が自発的に世の中に対して関わっていくことを促すきっかけになるんじゃないかなと思います。
それは何も大仰なことではなくて、例えば、自分の住んでいる家の前の道が汚いことに対して、クレームとして「汚い」ということを行政に言うのではなくて、「きれいにするためにこういうことをしませんか」と提案する、創造的なコミュニケーションをとるようになっていくようなことです。そういう身近なことから、一人一人が動いていくことがとても重要なんだと思う。そういう関係が市民の間で醸成され、それを行政がサポートするスタンスになっていくと、まちは変わるんじゃないかなという気がしますね。

鷲尾:

一人一人の市民が、生活者がまちの作り手になっていくという実感を育てていくことなのだと思います。そのために文化芸術が出来ることはある。逆にいうと、経済だけではできないことがある。僕自身は、文化芸術が新しい産業を生み出していくことは十分に可能な話なんだと思うんです。ただし、そこには「時間」という視点が必要だと思います。文化は人の中の営みの蓄積だし。新しい文化を育てていくには時間がかかる。だから価値がないかというとそんなことはなくて、みんなその蓄積の上で商売しているわけですよね。良い土の上で、美味しい実がなるように、自然にも、都市的な機能にも、過去の歴史や未来の新しい技術にも、誰もがアクセスしやすい状況をつくっていくことが必要なのだと思います。

橋本:
京都の人口の10%以上が学生で、若い人たちが多い。それにたくさんの創造の源泉がある。そのための環境もある。終電を気にしない街の規模だから、みんなで集まって夜中まで延々と話し合ったり、何か一緒につくることも出来る。歩けば人と人が出会えるスケールだし。「やってみなはれ」という感覚もある。あと、うまい飯もある。そういうことを考えていくと、クリエイティブなことをやるのは、むしろ地方の方が適しているとすら思うんです。これまで地方都市って東京の下請けみたいなマインドセットだったけど、それはいずれ変わると思うんですよね。これは京都だけの話じゃなくて。
だけど、やっぱりこの半世紀の日本社会の結果として、産業も一極集中してきてしまったし、少子化、高齢化が進んでいるわけですよね。本当は、文化を中心として、若い人たちに京都に住んでもらって活動をしてもらいたいし、若い世代の力をもっと地域社会全体で生かしていくようになっていかなくてはならない。だけど、こうした視点から文化を捉えて、文化と社会とを接続させる役割の人材が今はまだまだ少な過ぎる。そこが今大きな課題かなと思う。

鷲尾:
文化、社会、経済という、生活圏をつくる各領域を接続していけるような「つなぎ手」の存在ですね。だから文化か経済かという古い二元論じゃなくて、そのブリッジをかける仕組みを考える方がよっぽど創造的だと思うんですよね。

橋本:
その通りだと思いますね。現場の一つ一つのアートプロジェクトを実施する人材はそれなりにいるけど、でも行政や企業といったステークホルダーともちゃんと折衝して、ここは守りたいとか、これだけはやらせろとかという風にしてちゃんと戦いながら進めていくような人がまだまだ少ないように思います。

※高嶺格『ジャパン・シンドローム~ベルリン編』 2013  京都市役所前広場 (撮影:Tetsuya Hayashiguchi 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

鷲尾:
地域社会や市民との関わりの中で、何か変化が生まれたことを実感されることはありますか。個人的な話でもいいです。

橋本:
ロームシアター京都で仕事をするようになって僕自身の中で一番変わったと思うのは、まさに地域との関わりですね。顔の見えるレベルでの地域の関わりです。夏休みには劇場を開放して、「劇場で遊ぼう」という趣旨の企画もやっているんですが、こういうものを続けていくと、一度劇場に来てくれた子どもたちや、その親たちが、イベントがないときでも、ふらっとロームシアター京都に来てくれる。「こんにちは」とか言って声かけてくれたりする。
それ以前って、狭い京都の街であっても、住んでいるところと仕事というところが分かれている感じを持っていたけれど、今は生活している人たちの様子を見ながら、日々仕事をしているような感じがするんです。だから劇場側も彼らとの出会いをもっと取り込んでいくような場所に育てていきたいと思う。
様々な人たちを結びつけていく場所にちょっとずつこの場所も成長していきたいんですよね。あと10年くらいしたら、「ロームシアターっ子」みたいな子がきっと出てくるんじゃないかな。

鷲尾:
「ロームシアターっ子」、とてもいいですね。
創造性(クリエイティビティ)って言葉には、自分自身の手で新しいモノをつくるという意味と、もうひとつ、新しい世代をつくるという意味もあると思うんです。次世代が育つ土壌を育てること、いつでも創造性が芽吹いていくような環境を育てていくこと。僕はそれがこの縮退期にある日本では、今最も「創造的(クリエイティブ)」な仕事だと思っています。

※ダレン・オドネル/ママリアン・ダイビング・リフレックス『チルドレンズ・チョイス・アワード』授賞式 2017 ロームシアター京都 (撮影:井上嘉和 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

橋本裕介
ロームシアター京都/KYOTO EXPERIMENT プログラムディレクター

1976年、福岡生まれ。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始、2003年橋本制作事務所を設立後、京都芸術センター事業「演劇計画」など、現代演劇、コンテンポラリーダンスの企画・制作を手がける。2010年よりKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭を企画、プログラムディレクターを務める。2013年2月より舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事長。2014年1月よりロームシアター京都勤務、プログラムディレクター。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
博報堂クリエイティブプロデューサー、「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略プランニング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体や産業界とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。