製品売り切りモデルから、継続的なサービスモデルへ──。そんなビジネスモデル転換を目指す企業が増えています。そこには、「事業のサービス化」が深く関連しています。「UX(顧客体験)が生み出す事業変革」の第2回は、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局プロセスコンサルティング部長の荒井友久に話を聞きました。

業績指標から「価値指標」へ。

事業戦略に、UX(顧客体験)はどのように関わるのでしょうか。

荒井:「ブランド」「生活者」「テクノロジー」の3つの丸の交点にあるのがUX(顧客体験)である──。前回のコラムでもありましたが、私たちはそう説明しています。しかし、これは競争戦略としてはちょっと変わった考え方です。なぜなら、「競合」の項目がないからです。ご存知のように、一般的な競争戦略は、「カンパニー」「カスタマー」「コンペティター」のいわゆる3Cを分析することが基本です。しかし、「競合」という項目がないところにこそ、私たちが考えるUX(顧客体験)の重要なポイントがあります。

デジタル化がもたらしている大きな変化は、あらゆる企業はサービス業になっていくという事だと言われています。モノだけでの差別化が難しくなった今、そこにコトを付加していく。例えば、デジタルカメラを販売する事業から、家族との思い出を保存するサービス業に変わっていく。提供する商品はデジタルカメラのままでも、保存したものが家族に自動で共有されたり、顔認証で家族それぞれのアルバムが作成されたりといったものが付加されていく。それがサービス業に変わるということです。そこには街の写真館等との協業もあるかもしれません。

そうなると、決して従来の業種・業態内だけでの戦いではなくなり、どの企業が競合に当たるのかがわからなくなります。つまり、戦略上、同じ業界での競合を考える必要がなくなるわけです。

「同業界競合に勝つ」ことを目的にしない場合、どのような指標が必要になるのでしょうか。

荒井:もちろん、競合を想定し、分析することは必要です。また、最終的には当然ながら、売り上げを上げていかなければなりません。しかし、私たちが考えるのは業界シェアなど同業競合ありきの目標を最初から立てる戦略ではないということです。
これまでモノ売りの戦略をとってきたメーカーの場合、事業のKPIを、販売数や市場シェアなどの「業績指標」をもとにして考えるのが一般的でした。しかし、モノではなくコトで考えると、サービスとしての価値をいかに提供できているかが重要になります。先ほどのデジタルカメラの例で考えると「アルバムへの保存枚数」などの「価値指標」が重視されることになります。もちろん、KPIなので業績に強く相関しなければ意味がありません。きちんと検証をしながら設定していく必要があります。そして、従来の業績指標を価値指標に変えようとすると、事業のオペレーションモデル、業務システム、従業員のモチベーションマネジメントなども変わってきます。その転換の全体に関わるのがUX起点での事業変革であるというのが私たちの考えです。

価値を指標とすることで、結果として業績が上がっていくことにつながるのでしょうか。

荒井:そうです。重要なのは、「差別化」ではなく、自社の「独自性」です。その独自性が結果として、選ばれる理由、差別化につながるのです。
その時に重要なのは、企業のユニークな経営資源です。こんな営業スタイルであるとか、このデータをどこよりも所有しているとか、そのような資源をどのように見つけ、いかに生活者の価値と結びつけることができるか、それが鍵になります。

もう1つ、価値指標として設定したKPIにどこまでしっかり投資することができるかが業績貢献において重要です。直接的であれ、間接的であれ、KPIに貢献しない事業活動は一切やる必要がありません。結局、様々なしがらみの中でそのような集中と選択ができるかが重要なのです。

「UXデザイン」と「UXストラテジー」

UXと聞くと、UI(ユーザーインターフェース)のことだと思っていましたが、事業のサービス化につながるUX(顧客体験)と聞くと、新しい可能性を感じますね。

荒井:確かに、UXはもともと、ウェブデザインとかプロダクトデザインの文脈で語られる事が多いので、UI(ユーザーインターフェース)に近いものとして捉えがちです。私たちはそれを「UX(顧客体験)デザイン」と呼んでいます。どのように使ってもらうか、見せるのか、どのように伝えるのか、それによってどのような気持ちになってもらうかという部分ですね。しかし、UX(顧客体験)デザインは、明確な戦略に基づいて作られなければなりません。他社のサービスと比較されない為には?何度も使ってくれるには?という課題に応える為の戦略です。実はそれは、広告コミュニケーションでいう「コアアイデア」と呼ばれるものとほぼ同じなのです。どのようなキャンペーンだと生活者は自分ゴト化してくれるのか、どのようなプロモーションだと思わずやってみたくなるかがコアアイデアです。そして戦術として具体的なプロモーションアイデア等が作られます。コアアイデアがあるから、その商品課題に即した、その商品ならではのアイデアができるのです。同じように、UXストラテジーが作れれば、それによって初めて事業課題に応える事ができるUXデザインを作ることができます。「UX(顧客体験)」では、「ストラテジー」と「デザイン」が表裏一体として動いていくことが成功のカギです。
例えば、ある世界的な音楽配信サービスは、UXストラテジーとUXデザインが非常に上手くリンクしているサービスだと思います。サービスの中心にあるのは「プレイリスト体験」です。ユーザーが自分好みの楽曲を集めてプレイリストをつくり、自分のプレイリストにあったレコメンドが来たり、どんどん進化していくわけです。楽曲数やアーティストのラインナップではなく、「自分だけのプレイリストがつくれる」という体験を価値として提供する。それが、このサービスのUXストラテジーだと思います。そしてそこから、プレイリスト体験が最も楽しくなるようなアプリの機能、画面遷移、リコメンドロジック等を考えていくのがUXデザインです。

なるほど、ところで、荒井さんの所属はマーケティングシステムコンサルティング局ですよね。どうしてシステム関連の部門がUX(顧客体験)ストラテジーを手掛けているのでしょうか。

荒井:よく聞かれますね(笑)。元々、情報システム開発をする際にはコンサルティング業務がセットで行われる場合が一般的です。具体的には、システム化の対象を洗い出す為の業務プロセスや生活者の利用プロセスを整理し、どのように変えるべきかという事を設計ていきます。それがあって初めて情報システムの要件定義が可能になります。しかし、そこには1つ問題があります。情報システム開発を前提とするプロセス整理なので、整理される業務プロセスは非常に細かいのです。そうなると、課題抽出の視点というか、視座が小さく・細かくなります。この業務はシステム化した方が効率的なのではないか、このボタンを押すという業務は別の不要なのではないかという解決策がでてきます。業務プロセスの問題解決になるのです。もちろんそれは重要ですが、そもそもこのサービスはどんな価値を感じてもらうべきなのか・この情報システムは営業組織にどのような意識をもたせたいのか、という大きな視点が欠如されます。でも、その大きな視点こそがUXなのです。事業をUX起点でサービス業に変えていく際に、情報システム開発は切り離す事はできません。UXストラテジーから、情報システム開発まで一気通貫して行う事が求められているからというのが答えです。
事業をサービスとして捉えると、生活者との広範なタッチポイントが想定されるわけですよね。それを一つ一つ設計し、集約して大きなシステムとしていくことが私たちにとってのUXです。「博報堂って、そんなこともやるんですか?」ともよく聞かれますが、博報堂はもともと広告をつくるだけでなく、広告展開を含むトータルな戦略づくりをやってきた企業です。そう考えれば、決して突飛なことをやっているわけではないんです。

生活者発想の右脳と左脳の融合力が加速させる、UX(顧客体験)とは?

事業変革について、どのような課題が多いのですか。

荒井:変革を目指しているが、その方法論を見つけかねている。そんな課題が多いですね。そういったクライアントによく見られるのが、資源や強みはあるのに、それを見極め切れていないというケースです。どのような企業であれ、深く探っていけば、必ず他社にはない強みがあるものです。

クライアントと一緒に、UX(顧客体験)を活用した事業変革に取り組んでいく際に荒井さんが大切にしていることは何でしょうか。

荒井:エグゼキューション(実施、実行)までのイメージをもってUXストラテジー、UXデザインをつくることです。私も別業界から転職してきて驚きましたが、博報堂はクライアントへの提案の検討において、検討ステップを切って進めないんですよね。教科書的には、売上を伸ばす為に、どの市場が有望市場で、その中でどのような人をターゲットにして、そのターゲットを動かすには何が必要かという事をステップ毎に切って決めていきます。その方が途中段階で上位者への承認も取れる。しかし、それでは大抵誰もが考えつくような差別性のない戦略になりがちです。その点、博報堂は有望市場規定やターゲット等を行ったり来たりしながらすべてを束ねたものを勝ち筋として考えます。だから、有望市場の切り方1つ見ても思いもつかなかったものになる場合も多い。それができるのは、エグゼキューションが想像できているかいないかです。これはUXにおいても同様です。そこに総合マーケティングカンパニーとしてのクリエイティビティが発揮されると考えています。

チーム体制を組むときに重視していることは何ですか。

荒井:ひと言で言うと、「融合力」だと思います。私共には、クリエイティブ系と戦略プランニング系等の人材が豊富にいて、かつそれぞれの力の融合によって価値を生み出すことができる。いわば、右脳と左脳が融合している。
その融合は、実はそれほど簡単なことではありません。面白いアイデアが生まれるためには、いい「パス」が出せなければなりません。どのような「パス」なら面白いアイデアが生まれるのかを考えながら戦略を立てていきます。しかし、統計データとか数値目標など、左脳的過ぎるパスではいいアイデアは生まれません。むしろ、生活者のインサイトを把握して、「こんな場面でこんな気持ちになると思わず買ってしまうよね」といったようなパスが出せれば、「わかった、ではそんな気持ちにさせるアイデアを出そう」ということになります。しかも、クリエイティブ系だけがアイデアを考えるわけでもない。全員が専門性は違えど戦略もアイデアも考えていく。そして、それが素晴らしい結果につながる。そんな人間的な連携の形ができることを重視しています。

その融合力は、事業の変革にどう貢献していくのでしょうか。

荒井:私は、「効率化よりも成長」とよく言っています。効率化はロジックがあればなんとかできます。しかし、成長はロジックだけで実現できるものではありません。当然ですが、どのような要素が成長につながるかは簡単にはわからないものです。
私たちはクライアントの課題を整理して、そこからクリエイティブなアイデアを生み出すことを得意としており、クライアントからも期待されるところです。課題を整理し、創造的なアイデアを生み出していく、そのプロセス自体をご提供できるところが大きな価値と言えます。

最後に、UX(顧客体験)による事業変革を進めたい企業の皆様にメッセージをお願いします。

荒井:事業構造をモノ売りからコト売りに転換していきたいと考えているクライアントは非常に多く、それがこれからのビジネスの主流になるのは間違いないのですが、具体的にどこから手をつければいいかわからないというクライアントもまた非常に多いのです。それをクライアントと一緒に探り当てて、生活者発想という視点を加えて、独自の魅力あるUX(顧客体験)ストラテジー&デザインに昇華させていく。更には、その先の情報システムやオペレーションモデルまで一気通貫させていく。それが私たちの役割であると考えています。

荒井 友久
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局プロセスコンサルティング部長

2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプランニングディレクター。 大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身。

★シリーズコラム★
UX(顧客体験)が生み出す事業変革とは?

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