博報堂人が、社会テーマや旬のトピックスを題材に、生活者の暮らしの変化を語る対談企画「キザシ」。第10回は、マーケティング、サービス・マネジメント、顧客戦略を研究されている青山学院大学経営学部の小野譲司教授をゲストに迎えました。前編に続き、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局の荒井友久と、近年注目され始めた「生活者とUX」のキザシについて語ります。

コモディティ化を超えていくUXあるいはイノベーション。

荒井:サービスに関して色々とお話を聞いて思ったのは、モノはもちろん、サービスでも、コモディティ化していきますよね。そのコモディティ化を乗り越えて事業を継続的に成立させ、かつ顧客に利用し続けてもらう活動がUXなのかなとも思います。

小野:僕が講演や研修でよく話す事例があるのですが、クリーニング屋さんってものすごくコモディティ化していますよね。環境変化も著しく、洗濯用洗剤や洗濯機の性能が上がって家庭内での洗濯が高度化したり、形状記憶シャツみたいな衣類が出てきたり、夏場はクールビズでカジュアル化したりで、クリーニング需要は減る一方です。それに対して、業者による価格競争が起こり、2000年代に入って以降、市場規模は右肩下がりでほぼ半減しています。そんな中で、あるイノベーションを起こして有名になった会社があります。
クリーニングは、季節によって需要の波が非常に激しい業界です。そこで、一般的にどういうビジネス設計をするかというと、冬物がクリーニングに出される春の繁忙期に対応するための生産体制を組んでいると、夏の暇な時期にはその生産体制に見合うだけの需要がないものだから、休むしかない。それは年間通して見たときいいことではないし、できれば平準化したい。これではどうしようもないということで、その会社が何をやったかというと、オフシーズン衣料の保管サービスを始めた。クリーニングから家に戻ってきた衣類って、ビニールをとって防虫剤を入れてタンスにしまう作業をしますよね。面倒くさいけれど、みんな仕方がないと思ってやっている。その会社は、この面倒くささを取り除けないかと考えた。そのための保管サービスなんだけれども、その一方で預かる衣類を設備の稼働状態に合わせて洗うことができるというメリットがある、というわけです。併せてクリーニングのECを業界に先駆けて立ち上げ、保管品の受け取り・発送をネットでできるようにしたため、全国からお客さんがやってくるようになった。
そこの社長に初めてお話をうかがった時、「その結果、値上げをしてもこのサービスに価値を見出すお客さんがいたんです」と言っておられた。今ではそれを模倣する会社も出てきたけれども、当初は、クリーニング業界ではあまり理解されなかったと。「なぜ、クリーニング屋が人の家のクローゼットの世話までしなくちゃいけないんだ」と言われたそうです。お客さんがなぜクリーニングを利用するかというと、衣類をきれいにして来シーズンも着たいというニーズがあるからです。ところが、きれいにするというところだけに目が行ってしまう。マーケティングの教科書に出てきそうな“マイオピア(近視眼)に陥るな”の話でもありますが、こういうことですよね、UXって。

荒井:そうですね。サービスでもプロダクトでも、どういうものを提供しようかという時、とかく自社のリソースで対応できる領域×顕在化している生活者のペインポイントに注目しがちですよね。でも、いまおっしゃったことは、生活者のペインポイントというより言われてみたら確かに不満であるというテンションポイントに近くて、いわゆる潜在的ニーズというかUXインサイトに近い気がします。それがまずあって、自社のリソースを合わせにいっている。そこが、コモディティ化から一歩抜け出す差別性を出していくヒントになっていくんじゃないかなと思いました。

企業と生活者がUXを共創するということ。

荒井:クリーニングの会社について思ったのは、企業側から言うと、クリーニングのような固定費ビジネスだと、稼働率の平準化のために閑散期に洗うにはどうすればいいかということから預かるというテーマが出てきた。一方で、ユーザー側はきれいな状態にして、おまけに保管してくれるところがあればいいという潜在的なニーズがあった。企業側の困りごととユーザー側のテンションポイントという、2つの視点がありますよね。両者を同時に満たすのが預かりサービスだと思うんです。この視点から、先生が重要だとおっしゃっている「価値共創」についてうかがいたいです。

小野:共創にも様々な次元のものがあるのですが、UXということでいうと、製品やサービスをお客さんが実際に利用する中で使い方や改善点を発見していったりするプロセスに、企業がどう入っていくのかという話があります。
大きく2つに分けられると思うのですが、お客さんがユーザーとして商品を使っていく中でどういう価値が得られるかということが比較的明確になっているものと、あまり明確になっていないものがあると思うんですね。例えば、血圧計や歩数計などは、健康になりたい、血圧を下げたい、1日何歩歩くとか、使用するユーザーに明確な目標がある。それに対して、先に挙げたコーヒーのサーバー。僕が聞いた限りでは、職場のどこに置かれるのか、代金の徴収をどうするのかなど、ユーザーがどのように使うのかという点で手探りだったはずです。最初は、職場での使われ方の写真を撮って送ってくれることを条件にサーバーを貸し出していって、そうしていく中で使われ方がわかってきて、ユーザーとのキャッチボールによって改善しながらサービスが出来上がったという経緯らしいです。
でも、共創とはいえ、自発的に使い方を考案するお客さんというのは、ユーザーの中に1%いるかいないか、というのが私の観測です。そうなってくると、共創というのは、通常のサービスに組み込んで、オペレーションしていくのはとても限定的なことで、商品やサービスのイノベーションに企業が気付くための、ある種のセンサーみたいな、そんな役割なのかなとも思っています。
一方、明確な目標を持って使うほうは、ターゲットが限られてくる。例えば、様々なスポーツブランドが提供しているサービスであるアプリ。有料・無料あり、メンバー特典あり、様々なアプリとの連携型ありと様々で、マーケティングのツールの一つとして使っているところもあると思います。ただ、多くの場合、これらはすべてアプリ自体で儲けようとしているわけではないですよね。僕は、企業側にとっては先ほど言ったごく少数のユーザーに対するセンサーであり、ブランディングの一つのツールなのだと思います。アプリを開くたびに、そのブランドのロゴを目にするわけですから。
共創というテーマは魅力的なのですが、全てを共創というアングルで考えて、共創で収益をあげるのか、というよりも、共創は単なるフックのようなもの、つまりお客さんをつなぎ留めておくための何かであるというくらい、もう少し自由に考えてもいいのかなという気が、最近はしています。

荒井:サービス事業をつくるのか、体験サービスをつくるのかというところの違いは大きいということですね。

小野:何かサービスの価値をつくりますというと、サービスで儲けなければいけないみたいなそんなイメージがありますが、決めつけずに自由に考えてもいいのかなと思います。

生活者の体験が洗練されてきたいま、 選択する心地よさを持ったサービスが企業と生活者のいい関係をつくる。

荒井:UXというと一般的には不満解消や利便性向上などになりがちですが、おそらく更にその上の、習慣化するとか熱狂するみたいなサービスなりUXを提供しなければいけないなと思います。そしてそれは企業から生活者への提案になるんだろうなと。それを見つけようとすると、企業が内発的にイノベーションを起こすとか、新しい価値を生み出すために何が必要になるのでしょうか。

小野:メーカーでもサービス業でも、総合型の大企業がジレンマを抱えていますよね。小さな会社がどんどん新規参入してきて、気が付けばじわじわとお客さんを取られているようなケースが多いんですね。
僕は、JCSI(サービス産業生産性協議会が調査を実施している国内最大級の顧客満足度指数)に関わって、サービス分野の約30業種・400社の顧客満足度指数をここ9年くらい見ているのですが、やはり総合型の企業が、それほど悪くはないものの伸び悩んでいる傾向が見られます。その一方で専業型、例えば、保険ならがん保険とか、販売チャネルはECのみとか、何かに特化した事業を行っている企業の調子のよさが目立ちます。メーカー、サービス業に限らず、お客さんの納得感を非常に獲得できているということは明らかです。
学術的な言葉では「機能過多=feature overload」「機能疲労¬=feature fatigue」などと呼ばれていますが、要するに、多機能を備えた製品というのは買う前には心地よく見えるのだけれど、買った後、まさにユーザーとしての経験段階になってくるとなんだかたくさんありすぎて使いにくい。マニュアルは分厚くて全部を読み切れないし、実際に使っている機能はすごく限られている。そういう経験の一つや二つは誰にもある。買う前はいろんな機能が付いていたりすると、すごく魅力的に見えてしまうが、使い始めると使い勝手が大事なので。そうすると、買う前から、こんなにいらないよね、これでいいよねというような、ある種の割り切りみたいなものができる人が出てきます。むしろ単機能のものがいいとか、こだわりたいことに関しては単機能・高機能のものを求めてお金をかけるとか。そういう選択を自ら行える、必要なモノ・コトを見極める目が養われている消費者も出てきています。
消費者は、様々な選択をしながら自分の生活をどうやって豊かにしていくかというステージに入っているんだろうなという気がします。専業型のサービスに対する満足度が軒並み高いというトレンドもその一端なのではないかと見ています。いろんな選択肢がある中で、自分の限られた収入や消費する環境に合わせてうまく選べる。そういう選択肢を企業がいい感じで残してくれていることが、僕はユーザーとしては心地いいのではないかと思います。

荒井:引き算の成長ですね。本当に生活者に提供すべきUX価値を決めて、極端に言えばあらゆる事業活動やサービス設計はその価値を上げるためだけに行う。その価値に繋がらないものは一切やらないという状態が理想的ですよね。

小野:先ほどのクリーニング会社のケースも、家で手洗いしているものもあれば、安いところに出しているものもあり、同時に高額な保管サービスも使っているんだと思います。消費者側にとってはそういう選び方ができる時代なんですね。

荒井:ビジネスの進化の過程は足し算と引き算を繰り返していると思っています。足し算は事業成長を補完していく位置づけ。引き算がイノベーションだと思っています。そんな中で、我々は、生活者にとっても企業にとってもいいという、その真ん中を見つけなければいけません。そこを見つけて、投資することが引き算としてのイノベーション。潜在的ニーズを掘り当てるには、企業がトライして新しいUXをつくる必要があります。我々が目指すUXというのは、やはり次の生活のスタンダードをクライアントや生活者と一緒につくっていくことなんだと思います。今回はサービスとUXについて多くの示唆に富むお話を聞かせていただきました。どうもありがとうございました。

PROFILE

小野譲司(おの・じょうじ)
青山学院大学経営学部教授、博士(経営学)(慶應義塾大学)

専門はマーケティング、サービス・マネジメント、顧客戦略。JCSI(日本版顧客満足度指数)アカデミックアドバイザリーグループ主査。とくに、サービス分野における顧客満足度指数や購買履歴データを用いて、サービス品質、顧客満足、ロイヤルティの理論的、実証的研究を行う。

荒井 友久(あらい・ともひさ)
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局プロセスコンサルティング部長

2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプランニングディレクター。 大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身。

BACK NUMBER

□第10回 / 企業と生活者がともにつくるUX(前編)
□第9回 / こそだてと社会の変化(後編)
□第9回 / こそだてと社会の変化(前編)
□第8回 / 生活者のための食と医療(後編)
□第8回 / 生活者のための食と医療(前編)
□第7回 / 落語に見る日本発想
□第6回 / 変わりつつある地域活性化
□第5回 / モノの未来とプロダクトデザイン
□第4回 / データとクリエイティブ
□第3回 / 生活基点で見る働き方
□第2回 / ソロ男に見る男と女の生き方
□第1回 / 暮らしとエネルギー