「UX(ユーザーエクスペリエンス)」という言葉をメディアなどで目にする機会が増えています。「UI(ユーザーインターフェース)」と混同されたり、「体験」という意味合いだけが強調されたりすることも多いUXですが、その本質はどこにあるのでしょうか。博報堂のユーザーエクスペリエンスデザイン部の部長で、この4月に発足したUXプロジェクトのプロジェクトリーダーも務める入江謙太に「UX(顧客体験)が生み出す事業変革」について聞きました。

キーワードは「ブランド」「生活者」「テクノロジー」

UXを文字通り解せば、「ユーザー体験」「生活者体験」といった意味になります。非常に幅広い意味合いを持った言葉ですが、これを博報堂ではどのように定義しているのでしょうか。

入江:確かにUXを「生活者体験」と訳すと、広告も店舗設計も商品開発もすべてUXに関わることになります。むしろ、生活者を対象にしたビジネスにおいては、UXに関係がないものを探す方が難しいと言えるでしょう。それゆえにUXには、いろいろな会社によるいろいろな定義があるわけです。
博報堂では、この4月に15名ほどからなるUXプロジェクトチームを立ち上げました。このプロジェクトでは、まずUXとは何かを私たちなりに定義するところから始めています。いま我々としては、「 “ブランド”と“生活者”と“テクノロジー”の交点に、事業成長につながる新しい体験をつくりだすこと」と捉えています。
第一のポイントは、企業やブランドと生活者との「中長期的な関係」をつくることを目指す、ということです。その関係づくりには、単に不満を解消するだけではなく、生活者をワクワクさせるような体験をつくることが必要になります。
第二のポイントは、それをデジタルテクノロジーやシステムを使って実現していく、ということです。例えばクレドのようなブランドフィロソフィーを定義することは、ブランドと生活者の中長期的な関係性をつくっていくためには非常に重要です。しかし、データやシステムがそこに介在していないものについては、しっかりとしたPDCAや体験のアップデートができませんし、私たちが見る領域をある程度フォーカスするという意味においても、スコープから外しています。
私たちがつくっているのは、広告コミュニケーションを超えた、新しい自動販売機、AIチャットボットを活用したカスタマーサービス、インナーボイスを集約してフィードバックする業務システムなどです。
これらは、デジタルプラットフォームやテクノロジーの進展があるからこそ生み出せるものですし、もしかしたら広告コミュニケーション以上の費用対効果を生み出せるものかもしれません。けれども、こういった業務を生み出すには、社内の様々な部門を横断した職種混合チームで推進することが求められることもあり、誰が推進するのか、予算はどこから出るのか、不明瞭になりがちです。
だからこそ、こういった新しいエクスペリエンスをつくりだすことへのチャレンジを、サポートできる体制・ケイパビリティーをつくることが、私たちの役目だと考えています。

「クライアントの課題を解決する」という視点で見た場合、UXはどのように機能するのでしょうか。

入江:UXは、ブランドが生活者の暮らしの中に深く入っていって馴染んでいくために必要なものであると私は考えています。例えば、クライアントの課題が「ユーザーの不安や不満を解消していきたい」という点にあったとしても、マイナス点を埋めるだけでは、ブランドが生活者の暮らしになくてはならないものにはならないでしょう。例えば、その視点で自動車のコネクテッドアプリをつくったら、大手各社すべて同じようなものになっていく可能性が高いと思います。それは、「正しいけれども愛されないもの」の域を超えられないかもしれません。
その商品やサービスを使うことでワクワクする。あるいは、二度と手放せなくなる。そういったプラスの部分や付加価値を創出していくことによって、ブランドと生活者の距離をより近づけ、クライアントの事業を成長させていく。そのために必要なものがUXであると私たちは考えています。そして、そのような考え方は、広告コミュニケーションのプランニングで培ってきた私たちのクリエイティビティと、非常に親和性の高いものだと思います。

多岐にわたるUXのアウトプット

UXに対する取り組みは、具体的にどのようなアウトプットにつながっていくのでしょうか。

入江:広告ビジネスの場合、アウトプットはテレビCMや新聞広告です。一方、UXのアウトプットが何になるかは、その都度異なります。
最も大切なことは、クライアントの事業やブランドを着実に成長させていくことです。そのためにできること、あるいは、活用できるツールの幅は非常に広がっています。オウンドメディア、アプリ、SNS、リアル店舗、さまざまなテクノロジー──。それらを目的に応じて使い分け、やれることはすべてやって、事業とブランドの成長を目指すことがUXを実現するということだと思います。
私たちは、自販機をつくることも、AIを使った自動会話プログラムをつくることもありえます。広告やメディアにとどまらず、つくれるものの幅を拡げていくこと。それがこれからのUXの取り組みでは非常に重要になるはずです。

つくっていくものは、広告クリエイティブやモノには限らないわけですよね。

入江:もちろんです。例えば、ヘアケアブランドを成長させていきたいという課題があったとします。これまでは、プロダクトの機能を進化させることで、ブランドを成長させるというアプローチがとられるケースが多かったと思います。汚れがより落ちやすい、髪を傷めにくい、いい香りがするといった機能をより高めていくという方向性です。けれどもいまは、そのような機能における差別的優位性がつくりにくい。
一方で、例えば「髪の毛を一本送っていただければ、あなたに最適なシャンプーをご提案します」というサービスモデルをつくることによって、ユーザーとの距離感が縮まり、ブランドが成長することも考えられます。ここでは、「新しいサービスモデル」がUXのアウトプットということになります。
新たな機能優位のプロダクトを次々に生み出すという競争軸には限界があります。一方、プロダクト自体を新しくするのではなく、プロダクトと顧客との関係を新しくするという視点に立てば、できることの可能性は一気に広がえるのではないでしょうか。UXを徹底的に考えることによって、事業成長に結びつく新しいサービスモデルを生み出すことができる。そう私たちは考えています。

新しいものを生み出すためには、いろいろな制作パートナーとの協業も必要になりそうです。

入江:そう思います。博報堂はこれまで、グループ内外の制作パートナーと一緒に広告クリエイティブをつくってきました。その蓄積やネットワークを生かして、新しいプロダクションの形を戦略的に構想していかなければなりません。優れた広告をつくる力は、依然、博報堂のビジネスのコアバリューであり続けると思いますが、広告以外のものも私たちはつくれるということを伝えていきたいですね。

今あるテクノロジーを使って新しい体験をつくり出す

新しいものをつくるために必要になるのがテクノロジーということですね。

入江:その知見を持つことは非常に重要です。しかしもっと重要なのは、特別なテクノロジーを新たに開発する必要はなく、今あるものを使うことでもいろいろなことができるということです。
例えば、Googleの画像認識AIを使ってブランドのために何ができるかは、実はあまり具体的に検討されていないのではないでしょうか。たとえばある農家では、キュウリを仕分けする際、Googleの画像認識技術を使って、SSサイズからLLサイズまでの選別を自動化するシステムを構築し、業務改善を行っているようです。これは、大きさの異なるキュウリの画像をデータとしてAIに覚え込ませればいいだけで、決して難しいことではありません。
同様に、位置情報システム、決済システム、音声認識など、既存のテクノロジーの活用の可能性はたくさんあります。今あるものを使って、新しい生活者体験をつくっていく。それが私たちのUXのコアにある考え方です。
博報堂のUXプロジェクトでは、既存のテクノロジーとそれを使ったUXのイメージを整理した「テクノロジー・ナレッジバンク」というケーススタディをつくっています。また、テクノロジーがどのような新しい事業を生み出しているかというケーススタディも多数収集しています。そのような幅広い知見をクライアントにご提供していくことが可能です。

事業やブランドの課題からではなく、テクノロジーからアイデアが生まれていくこともあるのでしょうか。

入江:広告づくりの場合、ブランドの課題と生活者のインサイトを結びつけてクリエイティブのアイデアを出していきます。一般的な商品開発では、生活者ニーズを踏まえてコンセプトをつくっていくのが、1つの王道的な手法です。そのような「コンセプトドリブン」な方法はもちろん大切ですが、そこに「テクノロジードリブン」の方法を加えていくという視点があってもいいと思っています。
現在、どのようなデジタルテクノロジーがあるのか、それを使うことによってどのような新しいブランドの展開がありうるのか、それによってどのような新しい生活者体験を生み出すことができるのか──。そんな発想で事業成長を考えるということです。
もちろん、そうやって生まれた新しいアイデアを世の中に広めていくためには、広告などの従来のコミュニケーションが必要になる場合もあるでしょう。ブランド、生活者インサイト、テクノロジー、商品・サービス開発、コミュニケーション──。UXの取り組みに必要とされるその一連の流れをすべて担うことができるのが、博報堂の強みと言っていいと思います。

「答え」は近くにあるかもしれない

UXに取り組んでいくに当たって、クライアントとはどのようなフォーメーションをつくることになるのでしょうか。

入江:いろいろな部門が集まってチームをつくるケースが多いですね。クライアントの側は、事業部、広告宣伝部、経営企画部、システム部、さらには営業、物流などの部門が加わる場合もあります。一方の博報堂の側も、戦略プランニング、クリエイティブ、データ、マーケティングなど、いろいろな専門性をもったスタッフがチームに関わることになります。関わる人材が多岐にわたるので、異なる職種をつなぐ共通言語やビジョンをしっかりつくっていくことが重要ですね。

プロジェクトマネジメントも大切になりそうです。

入江:オンスケジュールでプロジェクトを進めていくことはもちろん必要ですが、いかにチームのクリエイティビティを高めるかといった視点でのマネジメントも求められますね。博報堂には、それができる人材が多いと思います。

最後に、このコラムを読んでいるみなさんに向けてメッセージをいただけますか。

入江:「UX」と聞くと、身構えてしまう方も少なからずいらっしゃると思いますが、実はそれほど難しい話ではありません。ブランドと生活者をテクノロジーによって結びつけ、新しい体験と長期的な関係をつくり出していくのが、私たちが考えるUXです。ちょっとした組み合わせの妙によって新しいビジネスモデルやサービスが生まれるかもしれません。答えは実はとても近いところにあるかもしれないのです。新しいことにチャレンジしてみたいという思いがあれば、ぜひ気軽にご相談いただきたいと思います。

入江 謙太
株式会社博報堂
統合プラニング局ユーザーエクスペリエンスデザイン部長

様々な業種のクライアントとともに、事業コンサルティング、企業・商品ブランディング、商品・サービス開発、マーケティングからクリエイティブ・デジタルまで一貫したコミュニケーション・プランニングを行ってきた。近年は、プロモーションを超えた、UX視点でのサービス領域の開発に積極的に取り組み、博報堂の次世代マーケティングを現場から牽引している。日本マーケティング大賞、ACCグランプリ(マーケティング・エフェクティブネス部門)、東京インタラクティブアドアワードファイナリスト、モバイル広告大賞、アドフェストシルバーなど受賞。