博報堂人が、社会テーマや旬のトピックスを題材に、生活者の暮らしの変化を語る対談企画「キザシ」。
第10回は、マーケティング、サービス・マネジメント、顧客戦略を研究されている青山学院大学経営学部の小野譲司教授をゲストに迎えました。博報堂マーケティングシステムコンサルティング局の荒井友久と、近年注目され始めた「生活者とUX」のキザシについて語ります。

生活者と企業の間をつなぐ、サービスという回路。

荒井:博報堂マーケティングシステムコンサルティング局では、マーケティングとITが融合してきた状況において、その交わるところは、UX(ユーザー エクスペリエンス)起点でサービスをつくることではないかと考えています。例えば自動車ならコネクテッドカーが主流になりつつある中で、インターネットにつながった車においてどんなサービスを提供できるのかなどを、得意先と一緒に考えるというようなことが増えてきています。
我々はいままで、広告コミュニケーションという形で生活者と企業の間を繋いできたのですが、いま、新しくサービスという回路ができつつあると思います。実際、デジタル化によってあらゆる企業はサービス業になっていくと言われています。ただ、もちろん簡単には変われない。サービスをつくるには何が変わらないといけないのか。サービス業のマーケティングを専門に研究されている小野先生にご意見をおうかがいできればと考えております。

小野:一般的にサービス産業というと第三次産業という広い括りで捉えられますが、産業分類にとらわれず、製造業が行うサービス活動も含めて「サービス」という見方や、さらにはモノもサービスも「サービス」を提供している、という極端な見方もあるくらい、実は多種多様です。それらも興味深いのですが、ひとまず私は原点に立って、サービス産業という範囲でお話します。実際のところ、サービス産業の中身もかなり多様性に富んでいて、一筋縄ではいきません。ある程度、定義や分類をしながら議論を進める必要があります。アカデミックにサービスをどう扱うかというと、いわゆる“サービス”ないしはサービスのビジネスは“モノ(goods)”とは違う、という認識に立って議論を進めるのが一般的な教科書の描かれ方です。ただ、残念なことに、それが実際にマーケティングやマネジメントにどれくらい関係するかというと、少し抽象的になり過ぎていて、多様さゆえに現実を説明できなかったり、応用しにくいという印象が拭えないのも現実だろうと思っています。そこで、今回のテーマであるUXについても、多様なサービス業をある程度仕分けして見る必要があります。仕分けの仕方には諸説ありますが、顧客接点のつくり方という観点からみて、だいたい4つに分けてみたいと思います。
1つは、多拠点展開のビジネス。小売や飲食に代表されるいわゆるチェーンオペレーションの世界で、サービスを標準化して、ブランドをつけてコピーを次々と展開して成長を図るタイプです。ファストフードやコンビニエンスストアのように、この場合の顧客体験のつくり方の基本は、どこでもいつでも、同じブランドの店であれば同種・同品質の商品の提供を受けられること。サービス業における顧客体験は、同じブランドの看板を掲げていながら店ごと、拠点ごと、地域ごとにサービスや品質が違うようでは問題があります。そこで、できる限り標準的な顧客体験が実現できるように、カスタマージャーニーとそこでのサービスオペレーションを設計し、実行マニュアルをつくるという、典型的なサービスを産業化する方法論だろうと思います。
一方、多拠点展開をせず、一つの拠点に顧客を集めるビジネスもある。その典型が複合的な大型のテーマパークです。集客力のあるテーマとコンテンツをもって、テーマパークと同じ場所に、ショッピング施設、レストラン、ホテルなどを併設して展開する。サービスもお客さんも集合させることで、範囲の経済性で稼ぐタイプのビジネスとも言えます。お客さんにとってはワンストップの利便性が高いサービス集積です。サービスを提供する側にとっても、それらを個別に展開するのではなく、集めることで重複しそうな資源の浪費を回避できる一方、関連した商品・サービスをより高い付加価値をつけて売ることができる可能性が開ける。そこに集まってきたお客さんからどれだけ収益を上げられるか、そういうビジネスの形ですね。このようにワンストップで様々なサービスの顧客体験が集約されるものもあります。

ネットワークやプラットフォームでつながった場合のUXの課題。

小野:いま言っただけでもサービスは多様ですよね。先ほどのコネクテッドカーに応用するとなった時、それが目指しているものは今挙げた両方の局面を兼ね備えるのだろうと思います。

荒井:ありますね。

小野:車が色々なものに繋がっているので、車の中にカーナビゲーションだけではなく、いろんな機能やサービスを盛り込みましょう、という発想。車が移動していくあらゆる場所で同じ品質のサービスを提供できるように、何をどうやって標準化するのかという多拠点展開の話が当てはまるでしょう。
これに関係する3つ目のタイプは、ネットワークで動いているサービスです。例えば、鉄道や航空など。張り巡らせたネットワークの中で、どうやって品質を高めるか、あるいはお客さんの体験をどうつくっていくのかということです。コネクテッドカーに盛り込まれた機能やサービスは、自動車メーカーやその傘下のベンダーだけで完結するとは限らず、他のパートナーにも門戸が開かれたネットワークとなることで、ユーザーへの訴求力が高まる。
1社で完結しない、という現代のUX、CX(カスタマー エクスペリエンス)の課題は、ある意味、それに反映されているところもあります。つまり、どこか他のパートナーと提携してサービスを提供して行く中で、顧客体験がつくられていく時、UX、CXのコントロールというのは1社で完結しきれなくなり、その分のコストが上がり、いい面も難しい面もある。
ネットワーク型と少し似ているのが、4つ目のプラットフォーム型です。プラットフォームの両側に利害の異なるお客さんがいるタイプです。典型的なケースとして、企業と生活者とが両側にいる仲介などのサービスです。その間に立って、単なる中継地点にとどまらず、ユーザーが利便性高くそれを使えるかということや、あるいは発見する楽しみを与えられるかなど、ある種の編集力やデザイン力、価値の設計、そして調達力というのかな、そういう部分が求められるのだろうと思います。

荒井:いずれのパターンにおいても、1社で完結できないことが多くなっていると思います。特にネットワーク型・プラットフォーム型は顕著ですよね。では、そのように水平分業を前提としてサービスを設計していかなければならない時に、どのようなUX価値を提供していくのかということをちゃんと規定し、様々なパートナーに共有することが一番重要になってくるんだろうなと。そこが今、多くの会社が悩まれているところなんです。例えばメーカーはサービス業としての組織構造や考え方を持っていないことが多いので、UX価値をどのように規定するのか、サービスレベルをどう決めて計測していくのかを作り・運用することに慣れていない。もちろん、そもそもその規定の中に戦略性が必要です。他社と違って、自社ではここの部分のUXが一番大事で、こんなふうにしないといけない。それはその事業のブランドやコンピタンスと繋がっていないといけないし、業績向上に繋がらないといけない。つまり、事業の成功要件を描くことと同じだと思うんですね。

小野:何をもって成功なのかということを考えた時に、メーカーはどれだけモノが売れたかというモノサシで業績を管理しているから、サービス業的発想にはならないですね。

荒井:そうですね。成功要件から落ちるUX価値としてのKPIを持つことがサービス業として成立する第一歩だと思うんです。メーカーの場合、KPIはビジネス視点で設定されることが多い。例えば、「初月販売台数◯◯台」、「ブランド認知◯◯%」等です。これだとサービスの開発や品質向上には繋がりにくい。UX価値としてのKPIは、生活者にとって価値を提供できているか、そしてビジネス成長に繋がるかという2つの視点を満たすものです。例えば、実際はこんなに単純ではありませんが、ある自動車の強みが一人でドライブしたくなる車だとして、それが販売を加速させる要素になっていることが証明されているとします。その場合、実際に一人でドライブしている人の数がUX価値としてのKPIです。このKPIを高めるために店頭では何をするべきか、販売後に何をするべきかを設計しないといけない。それがUX起点でサービスを設計するスタートになると思いますし、リピートを高めていくことになっていきます。

小野:サービス業ももちろんどれくらい売れたかという部分はありますが、どれだけ継続してお客さんに来てもらえるかというところも大きいですよね。店をつくったら、初期投資を回収することといかにお客さんのリピート率を上げるかということをやっていかないと、やっぱり商売にならない。でも、メーカーの場合は、売れなかったら廃盤にして新商品をつくるということができますよね。事業のコミットの仕方が少し違うのかなという印象があります。

荒井:そうですね。UX価値としてのKPIは基本的に1つの事業で1つの成功要因に絞り込み、それにコミットし続けるという組織のあり方が重要ですよね。もちろんそのKPIは事業の状況に合わせて変えていく必要がありますが。

小野:ある飲料メーカーの海外本社が、マシンを職場へ無償で提供して自社のコーヒーを飲んでもらうというサービスを生み出した時、それこそ1年2年の話じゃなくて、確か10年くらいのスパンで改革に取り組んだという話があります。それは、その仕組みづくりだけではなく、お客さんにどれだけコーヒーを買い続けてもらえるかというところへ評価基準を変えていくというような、本当に人事制度も含めた上での組織改革をやりましたというケースなんですね。プロダクトからサービス業へという話は昔からよくあるんだけれども、そこまでやらないと動かないのではないかと思う部分もあります。

エクスペリエンスが多層化し、顧客の性質によってUXをつくる時代へ。

小野:サービスの研究で言うと、2000年以降はデータがたまりやすい環境になったこともあって、CRM(カスタマー リレーションシップ マネジメント)やカスタマーマネジメントの研究が非常に盛んになりました。顧客データに基づいて、このお客さんはどれほどの価値を自社にもたらしてくれるお客さんなのかというLTV(ライフ タイム バリュー)をはじめとして、お客さんのセグメンテーションをしっかりして、限られた資源を適切に配分する手法や枠組みについての研究が次々と開発されてきました。お客さんと直に接して、さらに顧客接点のデータがたまりやすいこともあって、そうしたナレッジはサービス業に馴染みやすいのかもしれません。
今、馴染みやすいと言いましたが、それは立てた施策なりつくったサービスに対してどれくらい固定客をつくっていけるか、あるいは、そのお客さんがどれほどの価値をもたらしてくれるかというLTVが重要だからです。それは、UXの議論についても同じで、お客さんとの関係の深さによってUXも違っていいのではないかということがあります。例えば長く利用しているお客さんはスペシャルな体験ができるとか、そういうカスタマイズされたサービスとかがどれくらい有効かということ。
ロイヤリティプログラムの研究で面白い知見があります。ポイントやマイレージによる割引というのがありますよね。そうした金銭的な特典を一番喜ぶお客さんは、どれくらい関係の深度があるお客さんだと思います? 割と購入履歴が浅いお客さんか、ヘヴィなお客さんかでいうと。

荒井:ヘヴィなお客さんですか?

小野:と、思いますよね。でも、実はそうではないという研究知見もあります。わりと初期のお客さんのほうがリテンションや購買頻度に対して、ポイントが強く効きやすい一方、ヘヴィなお客さんに金銭的な特典を付与し過ぎると、逆に、高止まりになってしまうリスクもあるというのです。要は、自分にとって重要なことはお金ではないということ。プライスレスなものにすごく価値を置くような企業と顧客の関係のステージというものがどうやらあるらしいのです。

このように、カスタマーリレーションシップの研究は、どういう段階でどういうサービスをやっていけばいいかというところまで研究が進化しています。さらに、我々はマルチチャネルカスタマーと呼んでいますが、チャネルが増えてユーザーのエクスペリエンスがまさに多層化している今、どのチャネルから入ってきたお客さんのLTVが高くなる確率が高いかというようなことも、かなり研究されています。そんな中でUXについてはお客さんの性質っていうのかな、そういうものを見分けた上でつくっていくというふうに変わってきているのではないかと思います。

※後編へ続く

PROFILE

小野譲司(おの・じょうじ)
青山学院大学経営学部教授、博士(経営学)(慶應義塾大学)

専門はマーケティング、サービス・マネジメント、顧客戦略。JCSI(日本版顧客満足度指数)アカデミックアドバイザリーグループ主査。とくに、サービス分野における顧客満足度指数や購買履歴データを用いて、サービス品質、顧客満足、ロイヤルティの理論的、実証的研究を行う。

荒井 友久(あらい・ともひさ)
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局プロセスコンサルティング部長

2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプランニングディレクター。 大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身。

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□第9回/こそだてと社会の変化(後編)
□第9回/こそだてと社会の変化(前編)
□第8回 / 生活者のための食と医療(後編)
□第8回 / 生活者のための食と医療(前編)
□第7回 / 落語に見る日本発想
□第6回 / 変わりつつある地域活性化
□第5回 / モノの未来とプロダクトデザイン
□第4回 / データとクリエイティブ
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□第2回 / ソロ男に見る男と女の生き方
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