深谷 信介

スマート×都市デザイン研究所長 / 博報堂ブランドデザイン副代表

「あの〜、ホテルがないんです。うちのまち」
「えっ!そうなんですか? ・・・わたし、どこでも大丈夫ですよ。」

こんな会話から早3年、わたしの地元お宿泊まりがルーティン化しました。ホテルのないまちが偶然くれた、今となってはわたしの大きな宝です。ホテルのないまち、日本にはけっこうあるのです。

観光旅館ではないお宿、初体験でした。
そういうお宿は、実はかなり大きくて立派な、そして趣深いお宿が多いのです。
「昔、このまちは石材業が盛んで、石を売る商人さんが毎日たくさん泊まっていて、それはそれは賑わっていたんですよ」とか、
「むかし、ここら辺りは牛馬市があって、買い付け人がごった返していて、毎日お祭りのようでした」とか、
「ここは江戸時代まで交通の要所でね、あっ宿場町だったんだよ。いい町並みでしょ? いろんな方々がひっきりなしに往来していたんです」などなど・・・。
まちのお宿はそう、今で言うビジネスホテル!だったのですね。

そうなんだ〜っなどと思いながら、お話のつづきを伺っていると、
「いつの間にやら、気づいたらそんなお客様がめっきり減ってしまって随分経ちましたね(笑)今日のお泊まりは深谷さんだけです。おしごとですか?このまちに。めずらしいですね。」
どのまちでも異口同音、びっくりするくらいこんな話の展開になっていくのです。

そんなおかみさんたち、和服をお召しになってというよりも、身軽な装いの方が多いのです。ですが、その立ち振る舞いや何気ない仕草、ちょっとした会話の隨に、なにかお人柄というか品格というか、そういったものは女将さんそのもの。ほのかに優しく伝わってくるんですね。
女将って素敵だな〜とホント気づかせてくれました。その魅力は宿のみならず、まちの魅力のたいせつなところを培っていると思うのです。

<写真1|橋本旅館全景>

<写真2|橋本旅館表玄関>

桜川市の真壁というまちの、とあるお宿のお話を1つ・・・。
季節は冬の終わり、外はかなり冷え込みます。お宿の中も正直びっくりするくらい寒いんです、日本家屋なので。もしかすると外より寒く感じる廊下を進むと、こじんまりした部屋に通されました。いまでは懐かしい石油ストーブに火が入っていて、寝床には厚手の毛布や布団が幾重にも重ねてあり、お茶の用意がされている。部屋の暖かさが女将の気持ちと重なります。
日本家屋は、そもそも自然ともかなりシンクロしています。雨風はもちろん防げるけれど密閉率が低い。家にいながら外の空気も気配も伝わってくる。雨音だったり、隙間風だったり、虫や鳥の声だったり・・・。日本人ってほんのすこし前までそんな暮らしぶりをそこここでしていたんだな〜。この不連続な一体感は、昔行ったおばあちゃんちで過ごした日々と一緒だなあ〜なんて思うのもつかの間、うとうとと眠りに入っていました。

「おはようございますっ。朝食の用意ができていますよ」
おっ朝だ、なんかいつになくよく眠ったな〜。さささっと身支度をして、凍える廊下を足早に、朝食が用意されているだろう食堂へ向かうと・・・そこはなんと趣深い素敵なカフェ、そこに女将手作りの朝食が並ぶ。
「あっココは、リノベしたんです。わたしほんとはカフェをやりたかったんです・・・」
棚にグッドデザイン賞受賞の盾が控えめに飾られている古民家カフェ、もとい国指定の歴史的建造物内のカフェ、なんと贅沢な空間なんだろう。

<写真3|橋本珈琲>

用意されている朝食は1膳のみ。そうです、貸切状態なので!
ストーブの上にあるヤカンのピーっという沸く音と薄っすらかかっているジャズのBGMを楽しみながら、朝食をいただいていると、ちょこちょこっと女将が声をかけてくれる。
心地よい間のある会話と朝食を愉しみながら、なんかここ何十年も忘れていたような芳醇な時間の流れを過ごし、コーヒーのほのかな香りとともに、なにかを目覚めさせてくれたようなそんな気がしました。
「また来ます。お世話になりました」
ほどないところで、役場職員がわたしの迎えに来てくれました。。。


<写真4|朝食とストーブ>

「ただいま。今日は、梵鐘屋さんに行ってきました。うまれてはじめてでした。いやーっ、すばらしかったです」
「え〜、小田部さんところ寄られたんですか? どうでした? お話できた? えっ会話が弾んだ! しかも笑顔で。けっこう人見知りな方なので・・・。でもよかったよかった。やっぱりわたしの思った通り」

<写真5|小田部鋳造>

<写真6|お土産用梵鐘型風鈴>

「同級生なんですよ」
「えっそうなんですか?」
「ええ、せまいまちですから。みんな知ってますよ。それでね・・・」

当たり前のように、みんな知ってる。まちは濃くて深い。寄り添って支えあっている。時に密に、時に遠巻きにしながら・・・。
まちなかに顔が効き、まちのリアルな情報通。まちのそとの方々と日々いろいろな交流をしていて、まちのそとのリアルな情報源でもある。まちのリアルなコミュニケーション・ハブなんですね。女将さんは、きっとまちのインタラプター(通訳者)で敏腕プロデューサー。
いろんなことを的確にまるっと他所者に教えてくれる。そして多分まちなかの人にもゆるっと伝えてくれているはず。

まちの話、宿の話、カフェをはじめたきっかけ、家族の話、震災の話などなど、いろんなほんとうの話を通じて、おかみさんはわたしのとても大切なひとになりました。

「◯◯◯◯のひとですね、深谷さん」
「えっ?」
「わかるんですよ。いろんな方が泊まりに来ますから(笑)」
何回目に泊まった時のことだったでしょう。
その日から、そのお宿の一番いいお部屋に通していただけるようになりました。お宿の貸切状態は、その後もあまり変わらないのですが・・・。
そう、いつの間にかわたしはお客さんではなく、まちのひとになった瞬間でした。

次回は、かまいたち です。

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