2017年2月に立ち上がった活動・Quality Of Rōgo Challenge (QORC:コルク)。博報堂の30〜40代の女性プランナーとクリエイターなどを中心に、これからの老後を豊かにするための考察を重ね、具体的なアイデアに結びつけていく活動です。
この連載では、コルクのメンバーがさまざまな専門家の方にお話を伺っていきます。第一回のゲストは、株式会社シルバーウッド代表・下河原忠道さん。下河原さんの営むサービス付き高齢者向け住宅・銀木犀(ぎんもくせい)へ、メンバー5人で訪れました。

下河原忠道(しもがわら・ただみち)

株式会社シルバーウッド代表取締役。従来の高齢者住宅のイメージを翻すようなサービス付き高齢者向け住宅・銀木犀(ぎんもくせい)や、バーチャルリアリティ事業「VR認知症プロジェクト」などの活動を精力的に展開している。

「管理しやすい住宅」なんて、 心地よくないですよね。

QORC:こんにちは。私たちQORC(Quality of ROGO Challenge=コルク)は、たとえば認知症や寝たきりになったりするかもしれない老後を、当事者の立場で考え、それでもポジティブに生きていくための考察をする活動なのですが、このたび連載がはじまることになりました。
下河原さんには、コルク立ち上げの際に、高齢者をとりまく現状や認知症のことなどについて勉強させていただいたり助言をいただいたりして、私たちかなり影響を受けました。なので、この連載第一回のゲストは絶対に下河原さんがいいねと全員一致したんです。どうぞよろしくお願いいたします。

下河原忠道さん(以下、敬称略):光栄です。こっぱずかしいですが(笑)。よろしくお願いいたします。

QORC: まず、ここ銀木犀は、一般的なサービス付き高齢者住宅のイメージとはかけ離れた、居心地のいい空間ですよね。最初に伺ったときは、私たちも年取ったらここに入りたい!と大騒ぎでした(笑)。

無垢の木をふんだんに使った銀木犀の内装

下河原:高齢者施設って、運営側の都合で設計されているところが多くて「管理しやすい住宅」と案内に堂々と書かれていたりするんですが、そんなの心地よくないですよね。転んでけがをしないように、あるいは掃除しやすいように、床材がビニールシートだったり、食器は割れないようにプラスチック製だったり、窓は施錠して、エアコン全開で…そんなところに365日いたくないでしょう。すべてのリスクを排除するのは不自然だし、僕はもっと住宅としての心地よさを重視するべきだと考えています。

QORC:銀木犀は無垢の木が使われているし、素敵なインテリアや観葉植物もあるし、窓からは気持ちいい風が入ってくる。

下河原:ここの窓はいつも開いていて、出入り自由です。なるべく自然の光や風が感じられるように、かつ行動の自由が制限されないようにしています。

地域に迷惑をかけることも、 社会資源だと思う。

いつも開放されている窓には、風を感じるためのカーテンがつけられている。

QORC:その窓から出て行ってしまう高齢者の方はいないんですか?

下河原:いますよ。でもそれも最初のうちだけです。あるいは、ここに何らかのストレスを抱えている場合。出ていくのだって理由があるんですよ。もちろん症状が重度になってしまうと、また話は違いますけど。

QORC:それで問題が起きたことはないんでしょうか?

下河原:あります。あるとき、認知症のおばあちゃんが、スーパーの売り物を持ち帰ろうとして捕まったことがあったんです。店長さんから電話があり、僕は現地に行って銀木犀のことを説明しました。入居者の行動は制限したくないので、たぶんそのおばあちゃんはまたお店に迷惑をかけてしまうかもしれないと。すると店長さんは「わかった」と言ってくださって、店員さんにもそのことを周知させてくれたんです。その後、またその方が売り物を持ち帰ってきてしまったんですが、店長さんは一旦見逃して、あとで連絡をしてきてくれました。商品を返しに行ったら、「いいよいいよ」と。「実はうちの祖母も認知症でさ」という話をしてくださって。地域が変わった瞬間だと思いましたね。

QORC:すごく素敵なお話ですね。地域の人がきちんと理解して、お互いにコミュニケーションをとらないとできないことですが、きちんとそれをやっている。

下河原:銀木犀が施錠しないことで、認知症の方が外で迷惑をかけてしまうこともある。でも僕は、実はそれは社会資源じゃないかと思ってるんですよ。どんどん迷惑かければいいんです。認知症の人を施設内に閉じ込めて、社会との関係を断絶させていたら、こどもたちだって認知症を全然知らずに大人になってしまうでしょ。そうすると僕らが年取って認知症になったとき、理解してもらえないし、排除すべきものとして捉えられてしまう。そうではなくて、社会全体が認知症の人をサポートしていけばいいと思うんです。

QORC:銀木犀には駄菓子屋がありますが、それもそういう地域との交流という意味で設置したんですか?

下河原:そうですね。あれは認知症のある女性が「駄菓子屋をやりたい」と言ったのがきっかけでした。こどもたちや、その母親たちも遊びに来て、立派な仕事にもなっています。ここの銀木犀の店番はもともと銭湯で番台に座っていた方なので、接客はプロなんです。

銀木犀内の、駄菓子屋スペース。

地域のこどもたちが買いにきて交流の場に。

QORC:それは確かにお上手でしょうね。認知症になっても、ずっとやっていたことは得意なんですね。

下河原:そうなんです。そしてそういう仕事があると、症状の進行がゆるやかになったり、改善する場合もあるんですよ。そういう役割や生きがいを持てる環境かどうかはとても大事で、現在経産省も、仕事付き高齢者住宅を目指そうと掲げています。
でも特別に役割を用意するというよりも、生活の中に「自分も役に立てる」「必要とされる」ことがたくさんある状態がいい。たとえば、ここではご飯をおひつで出しますが、そうすると、できる方ができない方の分のご飯を自然とよそってくれる。そういうシーンをいかに住環境の中にちりばめられるかが大事だと思っています。

ハワイの施設では、 プールやジムもあって楽しそうでした。

QORC:そもそも下河原さんがこういう高齢者問題に興味を持たれたきっかけは何だったんですか?

下河原:もともと僕は鉄鋼会社を営む家の長男で、後に独立し、薄板軽量形鋼材を使った建築工法を開発しました。

QORC:シルバーウッドという名前も、その鉄鋼から来てるんですか?

下河原:そう、「銀の木」っていう意味ですね。で、最初は共同住宅やコンビニ、ファミレスなどの建物を建築していたのですが、2005年、日本初となる高齢者向け賃貸住宅の仕事に出会います。それは僕らの設計ではなかったんですが、出来あがった建物が、まるで牢屋みたいだったんですよ。窓もすごく小さいし、部屋にトイレもないし、「こんなところに人が住むの?」と驚きました。それ以来、休みになれば国内や海外の高齢者施設、病院などを視察してまわるようになったんです。
ある療養型の高齢者施設に初めて行ったときは、ベッドにずらっと寝かしつけられている高齢者の方々を見ました。鼻や口や、あらゆるところに管をつけられて、天井一点を見つめて悲痛な表情で…あるおばあさんには腕を掴まれ「たすけてくれ」と言われたりして、鳥肌がたちましたね。そこの事務長に「これは一体何をしてるんですか?」と聞いたら「水栽培してるんだよ」と言われたりしました。

QORC:水栽培!? ひどい…。

下河原:そうやっていろいろ見るうちに、だんだん日本の高齢者施設のあり方とか、終末期医療への考え方に疑問を感じるようになったんです。そんな状況は日本だけなんですよ。海外は全然違うんです。たとえばハワイの高齢者住宅では、レストランも図書館も、プールもジムも何でもあって、高齢者がとても楽しそうに過ごしていました。認知症が重症化したら移る施設も併設していて、そこでもちゃんとハッピーに過ごせるようになっている。

QORC:海外では、心の穏やかさや、精神的な安らぎを大切にする文化が日本よりもあるんですね。日本は「心地よさ」という目に見えないものに対しては、後まわしにされがちで、オフィスなんかも、外資系の会社に比べると、狭いし、お金のかかり方も違う。
ガマンすることが美しい、という文化が長らくあったせいでしょうか。でも環境の力って、本当は生きていく上ですごく大事なんですよね。

下河原:そうなんです。イギリスでは、ホスピス発祥の地でもある聖クリストファーホスピスを訪問したんですが、みなさんもぜひ見に行った方がいいですよ。死の淵に立った人たちの、痛みの伴わない最期の迎え方を提供したいという願いから生まれた場所で、空間の設計のされ方も美しいし、アートが身近にあったり、中庭も心地よく整備されていて、感銘を受けました。人の生き方や死に方とか、そこに流れる穏やかな時間に。

介護する側よりも、 高齢者本人の意思を尊重する海外。

下河原:それから、デンマークでは1980年代から高齢者施設をつくることをやめて、「プライエボーリ」と呼ばれる高齢者住宅にシフトしていったそうです。最後のぎりぎりまで自宅で生活し、その後いよいよという状況になったら本人の意思で、プライエボーリへ移るんです。

QORC:え、それ、しんみりしないんですか? 「もうプライエボーリにいくんだ、おしまいだよ」って。

下河原:いや、それが違うんですよ。プライエボーリでは、みなさんワイン飲んで踊っていたりするんです。それはやっぱり建築の力もあるし、本人の意思が尊重されているから。たとえば朝ごはんは自分でつくりたい、というおばあさんには、自分のキッチンでトースト焼いて、コーヒー入れて、新聞を開く、という毎朝の日課を、なるべく自宅と同じような環境で過ごせるように支援されているんです。涙出てきましたね。どうして日本はこんな当たり前のことができていないんだろうと。

QORC:家族や介護する側よりも、高齢者本人がどう過ごしたいかを優先させる文化なんですね。でもそういうところに入るのは、お金もかかりそうですけど。

下河原:デンマークの場合は、全額公費です。

QORC:なるほど! それだったら税金高くてもいいやっていう気になりますね…。

下河原:問題は、制度だけではなく、国民ひとりひとりの意識だと思うんですよね。みんながどんな老後や死に方を選びたいかを、もっと考えるべきだと思います。

延命か、老衰死か? 議論することが大切なんです。

下河原:それから、フランスで知ったのは、レオネッティ法という法律です。本人の死への権限を重視して、2人の医師が同意すれば、尊厳死を選べるという法律なんです。日本では病院に担ぎ込まれた人の延命治療をする義務がありますから、もしかして自然な死を望んでいるかもしれない高齢者に対しても、蘇生措置をとり、生きながらえさせる。延命には成功しても、場合によっては悲痛なものがあるのも確かです。

QORC:どうしてそういう状況に?

下河原:病院の人たちも、好きでやっているわけではないですよね。そこに送り込む僕らにも原因はある。誰かの命の責任をとれるのはお医者さんだけ、という意識があるから。
フランスでも、昔は延命治療をしていたんだけど、それに対して市民レベルから声が上がり始めた。それがやがてムーブメントになり、尊厳死に関する法律が生まれた。だからこれは病院や介護だけで語るべきではない、大きな話なんですよね。
僕はそのフランスに、日本の病院関係の人たちと一緒に行ったんです。フランスの医師団と対談したときに、フランス側が「認知症の人にどうして延命するの?」というのに対し、日本側は「じゃあ認知症の人は死ねっていうんですか」と。そんな議論になったとき、ひとりのフランスのドクターがつぶやいた言葉が印象的でした。「こうやって議論すること自体が、レオネッティ法の根幹なんです」と。私自身は尊厳死法に賛成しているわけではありませんが、自分の死に方について元気なうちから家族と話し合うことはこれからの時代に必要なことだと思っています。

QORC:確かに日本では、議論にもなっていないですもんね。死に関することって、タブーというか。自分がどんな最期を望んでいるかといったテーマに対して、まずは議論することが大切なんですね。

家族と離れているからこそ、 ストレスのない関係が築けることも。

QORC:自宅と同じような環境で、というお話がありましたが、もしかして銀木犀は、自宅と病院の間にあるもので、自宅よりいい場所かもしれないと思うんです。自宅は家族がいる場所だけど、ここは家族と離れているからこそ、いい部分もあるのかもしれないと。

下河原:それはあると思います。僕は認知症が進むといわれる原因の多くは人と人の関係障害だと思っていて、人間関係が悪化していくことによって、本人のBPSD(※)、ストレス性の障害が強くなっていって、家族に暴言を放ってしまったり、暴力をふるったり、家を出て帰ってこなかったりという行動に出てしまうんです。もちろんそれは家族が悪いわけではないんです。認知症のある人をどうやって支えればいいかという社会全体の課題なんです。
銀木犀は、家族の方には「いいとこ取りをしてください」といつも言っています。介護とか大変なところは仕事として我々にやらせていただいて、家族の方にはストレスのない状態で、いい関係性を築いていただきたいなと思います。

  • 認知症に伴う行動・心理症状を表す“behavioral and psychological symptoms of dementia”のこと。具体的には,易刺激性,焦燥・興奮,脱抑制,異常行動,妄想,幻覚,うつ,不安,多幸感,アパシー, 夜間行動異常,食行動異常などが含まれる.

「ボケたら終わり」と思いすぎて、 認知症の方の尊厳を軽視している。

下河原:認知症の偏見を助長させている一番の原因は、共感へのギャップだと思うんです。
たとえばテレビもいまだに、認知症や老いを「ネガティブで克服すべきもの、避けるべきもの」という文脈でしか語らない。

QORC:「ボケたくない」「ボケたら終わり」と思いすぎて、逆に認知症の方の尊厳を軽視する風潮がありますよね。私たちも、コルクを始めたのは「もし自分が認知症になったとしても、自分も周囲の人も楽しく暮らせるようにいまから考えておきたい」ということだったんですが、当初なかなか理解してもらえなくて「なんでそんなこと考えるの」「それよりボケないための対策を考えようよ」なんて言われたりしました。

下河原:でも、体験したことのないことを言葉だけで理解しろと言っても無理があるんですよ。みなさん風邪引いたことはあるから、風邪引いている人を「つらそうだね」って理解できるけど、認知症は体験したことがないでしょう。僕が「VR認知症」の活動を始めたのは、彼らのリアルを知って自分ごと化して欲しかったから。VR技術を使って、実際に自分が認知症になった状態で電車に乗るとか、レビー小体型認知症になった体験をするVRを制作し、この1年で6,000人の方に体験してもらいました。おかげさまで評判がよく、全国の自治体や医療法人、企業などから問い合わせを受けています。

QORC:はい。私たちも体験させていただいて、コルク立ち上げる際の大きな参考になりました。

下河原:先日は、某大手コンビニチェーンさんで体験会をやってきました。認知症の人たちが買い物に来たときに、スタッフの方がきちんと認知症のある人の目線に立って対応できるようにしたいということでした。

QORC:コンビニの店員さんがみんな認知症の方を理解できるようになったら、すごくいい社会になりますよね。

下河原:最近は、もっとアートとかエンターテインメント性も取り入れていかないと、とも思っています。「VR認知症」といっても若い子たちは興味をもたないかもしれないけど、たとえばエンターテイメントにして、有名な女優さんが出演しているとか話題性もあれば、気軽に見てもらえるかもしれない。見終わった後に、気付いたら認知症に対するリテラシーが上がっていた、という流れをつくらなくてはいけないなと。

高齢者も学生も外国人も 「ごちゃまぜ」な住宅

下河原:実はいま、銀木犀の集大成となるような住宅の建設を計画しています。高齢者だけの住宅ではなくて、高齢者もいれば学生や外国人も一緒に住めるような住宅です。これが模型(案)です。

QORC:すごい!ここ住みたい!! この上に住む場所があるわけですね?

下河原:そうです。敷地内には、銭湯や商店もあって、地域住民たちが普通に食事できる場所もある。地域の人が自然に出入りして、役割が自然と生まれていくような、高齢者と交流できる場にしたいんです。たとえばシングルマザー・ファザーの方が、子どもを高齢者に預けていくとか。学生も利用できるし、外国人向けの宿泊施設もある。コンセプト的には、まさに「ごちゃまぜ」です(笑)。ヘルパーさんがいなくても若い人が介護を手伝ったりするようになるかもしれないし、待機児童の問題も減るかもしれない。人と人とのコミュニケーションを円滑にすることが、いつまでも元気に楽しく暮らすコツなんじゃないかと。そういう社会になってほしいという思いをこめて、やっていきたいです。

QORC:それは楽しみですね。完成したらぜひまた取材をさせてください!

下河原:もちろんです。認知症を介護や医療の業界だけの話にするのではなく、みなさんのように全然違う方々が興味を持ち、周囲に伝えていくことができるとすごくいいですよね。認知症って怖いことではないので、自分たちの感性でやればいいと思う。コルクの活動はすごく好きなので、がんばってほしいです。

QORC:うれしいです。ありがとうございます!!

下河原忠道さん(右から3人目)を囲んで。左から、コルクのこやま淳子、遠藤礼奈、根本かおり、美田真知子、神長澄江。

【ポジティブな老後へのTIPS】

銀木犀を訪れて、老後にこんな暮らしが選べることに感動しました。
認知症になっても、
開放感のある心地いい住宅で暮らすことができる。
社会の中で役割や生きがいを持って暮らすことができる。
銀木犀は、そんな暮らしを実現している場所でした。
どこに住みたい、何をしていたい、誰と一緒にいたい、どんな最期を迎えたい。
こんなおしゃれもしていたいし、こんな食事もしていたい。
人に決められる老後ではなく、自分で選択できる老後を考えるのは楽しい。
自分の最期から目を背けるのではなく、
そこに向き合って、考え、まわりと話すことが、
わたしたちの老後の楽しい選択肢をつくっていく第一歩だと強く思うインタビューでした。
(QORC 神長澄江)

■ご参考■
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