博報堂の安藤執行役員、山之口マーケティングシステムコンサルティング局長がノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院モハン・ソーニー教授にインタビューした記事がDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載されましたので、全文転載いたします。(全4回)

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デジタル・マーケティングの第一人者、モハン・ソーニー教授へのインタビューの2回目。今回は、デジタル情報から、顧客の何を分析するか、そして得られた情報から、どのようなアクションを企業が取るべきかを聞く。ソーニー教授が主張する「顧客を包含的に見る」とはどういうことか。聞き手は、博報堂の安藤元博氏と山之口援氏。

前回ソーニー教授は、CMOを顧客インタラクションすべてに責任を負うべきとお話しされました。一方で「顧客像というのは、トランザクション視点によってのみ捉えるものではなく、包括的視点によって捉えるべきものである」とおっしゃっています。顧客を包括的視点で捉えるためにはどのような方法論があるのでしょうか。

モハン・ソーニー(以下略):それは非常にいい質問ですね。組織のデータ管理の仕方について、私が時々思い出すのは、「6人が触ったゾウ」の話です。一人ひとりがゾウの各部分を触って「ゾウとはこういうものだ」と言い合うのですが、そのうちの誰一人としてゾウ全体を見てはいません。これは、全体を見ないで局部だけを見てしまう過ちの比喩です。今日、顧客データは異なったシステムに入ったまま、まるでサイロに格納されているような状態です。多くの企業では顧客データの収集に力を入れていても、それが部署横断的になっており、一人の顧客とどのくらい取引をしているかを企業全体として把握するのは難しいのです。なぜなら、一人の顧客が会社のさまざまな部署とインタラクションをしているからです。ですから、CRMやERPなどのインフラを使うことで、一人の顧客の取引のすべてがやっと見られるようになり、一人の顧客について360度の全方位を見渡すことができるようになったわけです。

しかしこれは、取引に関しての360度の全景に過ぎないのです。いま必要なのは、顧客との包括的なインタラクションに関する360度の全景です。ですから、一人の顧客について、その人の取引データとソーシャルデータを統合する必要が出てきました。また、顧客のロケーションデータなど、他のデータとの統合も必要になってきました。ですから、こうしたさまざまなデータを組み合わせた顧客の行動プロフィールというものを構築することが不可欠となってきました。こうして、顧客の全貌を明らかにするわけです。

これは、一人ひとりの顧客レベルでセグメンテーションを行うこととは違います。それ以上のことをするのです。その顧客個人の置かれた状態(コンテキスト)に基づいて、セグメンテーションを行うということです。

たとえば私がマクドナルドの店舗から5マイル離れていた時と、5メートル圏内にいる時とは別の顧客扱いをするということです。私自身は一人の顧客ですが、5メートル圏内にいる時には、クーポン券が発行される一方、店舗から5マイル離れた場所に移動したら、私は、別のセグメントになるわけです。このレベルで、その時々の顧客の状態に合わせたサービスを創出しなくてはならないわけです。

ですから企業はすべてのデータソースを包括的なシステムに統合していかないといけません。ここで課題となるのは、新しいデータソースは組織立って整理されていない、ということでしょう。テキスト、ビデオ、ログファイル、位置情報、ウェブセッションなど、さまざまな形態のデータが舞い込んでくるでしょう。一方で、企業が従来から得意としているのは、取引データの管理です。我々に必要なのは、リアルタイムでこうした情報のすべてを組み合わせたユニバーサル顧客プロフィール、いわば、統一された一つの顧客IDですね。この顧客IDが、企業の行うこの顧客とのすべてのインタラクションとリンクされていなければなりません。

ここで核となる原則は、私も長い間これを訴え続けてきたのですが、顧客を生きた人間と見るということですね。その人の全貌を見る、ということです。その人の動機、欲求、希望、関心、そして全体的なプロフィールが入ってくるわけです。顧客の一人ひとりに合わせたマーケティングのみならず、一人ひとりの顧客の「状態」に応じたマーケティングコミュニケーションを提供できるか否かに、マーケティングの未来はかかっていると思います。いわば、「状態」に合わせたセグメンテーションです。人口統計学的、心理統計学的なプロフィールという粗い把握の仕方ではなく、顧客の動きを秒刻みで把握するわけです。こうして、もっと細かく顧客の動きを把握する。これは、新しいチャンスです。

その中でアナリティクスをどう強化すればいいのかという点についてお聞きしたいと思います。非構造型データを含めたデータセットを補完する場合、どういった視点で分析し、マーケティングにどう反映していけばいいのか。

データの性質が変われば、アナリティクスも変えなくてはいけません。例として、顧客のある購買体験をフォローしてみましょう。購買時点に到達するまでさまざまな経路(Pathway)で各タッチポイントを経る一連の動きを見てみます。このさまざまな経路を分析するのに、従来の選択セグメンテーションあるいは取引ベースのセグメンテーションは、ここでは使えません。そこで、新しいツールが必要となってきます。その新しいツールとは、例えばテラデータ社の提供するアナリティクスです。同社が数年前に売り出したプラットフォームは、パスリダクション(Path Reduction)と呼ばれています。基本的に、マップリドュース(MapReduce)で、すべての異なった経路を見て、特定の経路、最も重要なタッチポイントを分析するツールです。

マップリドュースというのは、購買時点に到達するまでに顧客の選ぶ経路を分析するアルゴリズムです。したがって、違ったタイプのデータ分析ということになります。これは長期的なインタラクションのデータを見ているわけで、断片的なデータを見ているわけではありません。ですから、分散処理が必要ですし、複製が必要ですし、そういった新しいデータ処理の仕方が必要になってきます。

ですから今や企業は、取引履歴の分析のみならず、購買経路からインタラクション分析も必要なのです。そこで、組織立って整理されていない情報や、複雑な経路を分析できる新しいアナリティクスのモデルが必要とされているわけです。

他に可能性のあるアナリティクスの例を挙げてみましょう。ソーシャルインタラクションや人々がネットに投稿している内容を見て、自然言語処理や意味解析を行い、そこから顧客の気持ちや動機を推測することができます。Motive Questという会社に私も関わっていますが、この会社は、ソーシャルメディア上での会話を見て、そこでどのような感情や動機が働いているのかを把握し、そのカテゴリーでは顧客が何に惹かれているのかを分析しています。この分析のために、すべてのソーシャルデータを注入して、意味解析を行います。タグ付けをしますので、例えば、「怒り」を表すのにどの言葉が使われているか、「熱意」を表すのにどの言葉が使われているかといったいわばライブラリを構築できるわけです。これに基づき、会話を類別して、アナリティクスをかけることができます。

同じように、たとえば、保険会社が自動車運転者のデータ解析をする場合を見てみましょう。その解析情報を使って、保険商品を一人ひとりの顧客に合ったものにするとします。これには、道路の状態、交通状況、運転者の行動など、異なったデータソースを扱えるアルゴリズムを用いて、予測モデルをつくるわけです。ですから、系統立てて整理された情報を見ていた従来のアナリティクス、組織立ったデータ処理に依拠した従来のアナリティクスは、拡充されなければならないわけです。予測モデルを作成するには、コグニティブ・コンピューティングや人工知能、機械学習がますます適用されて、これからアルゴリズムを訓練していくことになると思います。これがアナリティクスに求められる進化です。

アナリティクスのプロセスを新たに作成する必要がある、ということですね。

新たに作成する、というより、道具箱に加える、ということです。たとえばマイクロソフト社のマーケティング部門は、顧客の購買体験を解析し、次に顧客にどんなコンテンツを提供したら、次の段階に進んでもらえるかを予測しようとしています。しかし、それでは、まだまだ顧客の購買体験の見方が直線的なのです。顧客の行動は過去の購買だけで判断できません。

マイクロソフトの顧客はビジネスパーソンかもしれませんが、子どもの親でもあります。ゲームの愛好家でもあります。サーフェスを所有しています。野球も好きだとします。これらの、この顧客に関するこうした背景知識をすべて持ち込んで、この顧客の購買体験に加えるべきなのです。いままさにマイクロソフトはこれに取り組んでいますが、彼らは「マーケティングAI」と呼んでいます。人工知能の概念は、マーケティングをする際にも当てはまるわけです。

これによって深い洞察を得ることができるでしょう。たとえばXboxのマーケティングにおいて、ある顧客はシューティングゲームが好きだということがわかった。あるいは、この顧客は野球が好きだとわかる。そうするとマイクロソフトは、野球に関連したコンテンツ、もしくはシューティングゲームに関連したコンテンツを売り込むでしょう。そうすれば、この人とのインタラクションはずっと洗練されたものになるはずです。これがアナリティクスの未来だと思います。

バーチャルアシスタンスにもこの側面を見るようになってきました。グーグルのグーグルアシスタント、マイクロソフトのコルタナ、アマゾンのアレクサ、アップルのシリなどです。これらのバーチャルアシスタンスは、私たちのことを知ろうとしているのです。そして、インタラクションを一人ひとりに合わせたものにしようとしているのです。このバーチャルアシスタンスと同じような考えが、マーケティングにもなければならないと思います。顧客のことを知り、顧客の情報をどんどん注入していくことで、最終的に、この顧客がどんな動きをするか、すべて予測できるというところまで持っていくわけです。もちろん今日では、プライバシーの問題などがありますが、未来はこの方向に動いていくでしょう。

私は、5年後にはつぎのようなシナリオが可能だとみています。皆が自分のデジタルアバターを作成します。これは、自分の好みや避けたいものなど、自分についてすべてを知っているアバターです。このデジタルアバターが、あなたの代わりにショッピングに行ってくれるのです。今日、私たちはB to CやC to Cコミュニケーションをしていますが、将来的には、bot to bot取引やコミュニケーションとなるでしょう。

また、顧客がIDボールトを作成できる将来もあり得ると思っています。IDボールトとは、顧客が自分の情報すべてを入れたものに鍵をかけて保管する、という概念です。そして、このIDボールトをあなたに代わって誰かが管理してくれるというサービスです。あなたがワイシャツを購入しようとした場合、誰かがあなたのワイシャツのサイズという特定の情報を必要とする場合には、自分のIDボールトを開いてその情報を相手に伝え、またボールトを閉じるというわけです。

このID管理者が誰になるか、これは非常に重要な点だと思います。保険会社かもしれませんし、政府が作る第三者事業者かもしれませんがまだ私にもわかりません。しかし、これは関心を集める点だと思います。自分についての情報がますますネット上で入手可能となると、誰かがそれを管理しなくてはなりません。

※第3回に続く。

モハン・ソーニー
(Mohan Sawhney)
ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授

イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローでもある。戦略コンサルタントとしては、アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどに助言している。

安藤 元博
博報堂 執行役員
エグゼクティブマーケティングディレクター

1988年博報堂入社。以来、50を超える企業の事業・商品開発、キャンペーン開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)。

山之口 援
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 局長
博報堂コンサルティング 代表取締役共同CEO

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修士課程修了。都市銀行、戦略コンサルティング会社を経て、2001年、博報堂ブランドコンサルティングの立ち上げに参画。IMJとの合弁で設立した博報堂ネットプリズム代表取締役社長、日立製作所とのビッグデータ解析プロジェクト、マーケット・インテリジェンス・ラボの共同代表を歴任。2016年4月より現職。ITを活用したマーケティング改革を専門とする。