「コヘッツイ」を前に。左から、今回取材にご協力いただいた「蒼築舎」代表の松木憲司さん、博報堂ブランドデザインの阿部成美。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第16回に登場するのは、ポータブルかまど「cohettui(コヘッツイ)」を生みだした、三重県四日市市の左官職人集団「蒼築舎」代表の松木憲司さん。左官のお仕事からコヘッツイ誕生のいきさつ、そのこだわり、伝統技術と文化の伝承に対する想いまでを熱く語っていただきました。聞き手は、ご飯大好き!食いしん坊の博報堂ブランドデザイン阿部成美です。今回、なんとインタビュー中に、実際にコヘッツイでご飯を炊いていただきました!

「かまど」には日本の食文化、火の扱い方、左官技術がつまっている。 ライフスタイルの変化に合わせて生まれた「コヘッツイ」

関西におけるかまどの別名“へっつい”に、「公(おおやけ)の」を意味する接頭語“こ”を付けたのが、ブランド名「cohettui(コヘッツイ)」の由来。古来より続く左官の技術と、日本の食生活に欠かせなかったかまどの文化、その二つを現代に伝えたいという想いから誕生したポータブルなかまどです。発売以来、雑誌を始めとする数々のメディアで紹介されたほか、昨年にはイタリアで開催されたミラノ万博の日本館にも出展。いま、静かな話題を呼んでいます。

阿部:私が初めてコヘッツイを目にしたのは、雑誌の記事でした。写真を見た瞬間、「テーブルの上に乗るかまどがあるんだ!」と衝撃を受けたんです。ぜひ作り手の方のお話をうかがいたいと思い、今回ご連絡をさせていただきました。
松木さんは左官職人でいらっしゃいますが、もともと普段の仕事の一環でかまどもつくられているのですか。

松木:はい。日本のどの地域も同じだと思うけれど、もともとかまどは左官がつくっていたんですよ。ただ、今はかまどがある家なんてほとんどないから、全国でも1年に10個つくるかどうかじゃないでしょうか。かまどの文化自体が今まさに風前の灯火です。
でもね、この文化は、消えてしまうととてももったいないんです。理由は3つほどあるのですが、1つは、かまどが縄文時代の昔から日本の食の歴史にずっと密接にかかわってきたこと。焼く、煮る、炊くことができて、日本人の食生活を支えてきた。2つめの理由は、火の扱いを学べるということ。いまは石油ファンヒーターでもストーブでも、危ないからという理由で火が見えないように隠している。でもそうやって遠ざけて、扱い方を学べないままだと、かえって危ないんじゃないかと思うんですね。最後に、左官の技能が詰まっているということ。左官は壁を塗るのが主な仕事だから平面には慣れているけど、こうやって6面もあったり球体だったりするものを塗ろうとしたら、かなり高度な技術が要る。土や漆喰といった自然の素材を使う技術も必要だし、そういった技術を総合してつくられるのがかまどなので、左官技術の伝承という意味でも、かまどをつくり続けることには意味があるんです。

阿部:そうなんですね。そもそも、コヘッツイの構想を得たのはいつ頃だったんですか?

松木:今から18年前、35歳くらいの時に、“ゼロエミッション”という言葉が出てきて。エネルギーをできるだけ使わないようにしよう、また、使ったとしても循環させていこうという考え方ですね。かまどってその辺にある土でつくれるし、焼かなくても、乾かしておけば固まる。うちにある桜の倒木も薪にできる。自分のエネルギーだけでつくれるなら、かまどこそ完全にゼロエミッションだと思いました。それで、当時ゼロエミッションがテーマの国内展示会にこの1号機を出展したのが始まりです。最先端テクノロジーを使った工業製品が並ぶ中、こんな埃っぽいかまどを持って行った。よくやったと思いますよ(笑)。

阿部:相当異色だったでしょうね。最初は、環境に優しい、昔からの左官の技術を示そうということから始まったわけですね。
それから、やっぱりこの手軽さ、ポータブル(持ち運べる)という点もコヘッツイの大きな魅力ですよね。

松木:ベースに、現代の生活の中に取り入れてほしい、家庭で使ってほしいという思いがあったんです。そこで今の一般的な家族構成を考えると、だいたい3~5人が囲めるサイズがベストだろうなと。完成したときの意気込みとしては「これで毎日おいしいご飯を炊いてもらおう!」というものだったんだけど、実際はとてもそこまではいかなかった(笑)。でもそれでもいいんです。お子さんの食育のために、毎日でなくとも、ときどきこれで一緒にご飯を炊くことを楽しんでらっしゃるというお客様もいますから。
地方から出てきて、都会で暮らしている方なんか特にそうだと思うけど、田舎に帰らない限り家族で食卓を囲むことなんてないでしょう。だったら、地元で皆で食べるときぐらい、これでご飯炊こう、なんてことがあってもいいじゃないですか。実際、「娘が孫を連れて帰ってきたときにこれでご飯を炊いてあげたい」とおっしゃっていたお母さんもいましたよ。

阿部:それってすごく素敵ですね。私自身、東京で働きながら一人暮らしをしていて、普段きちんと食事を摂れないことも多いです。そういう現代のライフスタイル、食生活の在り方にも、一石を投じたいという想いがあるんでしょうか。

松木:そうですね。コヘッツイをきっかけにして家族が食事のために集まるようになったり、皆さんのライフスタイル、食への意識が少しでも変わるのならば、すごく嬉しいことです。

左官の世界で、いまや「大津磨き」屈指の職人に。 伝統の深みに入ったことで、自分にしかできない挑戦が可能になった

阿部:そもそも松木さんが左官の仕事に魅せられたきっかけは何だったんでしょうか。

松木:魅せられたというのは特になくて…(笑)。僕は高校を途中で辞めたんですが、そのとき毎日のように遊びに行っていた友人宅がたまたま左官屋だったんです。そこの親父さんが、「お前明日からうちに手伝いに来いよ」と。学校でも一番得意だったのが図工や美術でしたから、結果的には向いていたのかもしれません。その時15歳だから、もう38年になります。その親方のもとで5年、またその後別の親方のもとで数カ月勤めて、21歳の時に独立しました。

阿部:独立後、いつ頃から、新しいものをつくろうということを考え始めたんですか?

松木:まず最初に、左官の世界のもっと深いところに入りたいと思ったんですね。それで、左官技術で、特に難しいとされる大津磨きを独学で学び始めました。大津磨きとは、鏝(こて)に圧力をかけて何回も塗り重ね、表面をつるつるに磨く技術です。独学を続けてしばらく経った頃、講習を受けに京都に行ったんですが、そこで奥田さんという職人さんが2日間手取り足取り教えてくれた。京都の職人が実際にやっていることと教科書との違いが明確にわかったし、自分の方向性も間違ってなかったんだとわかって、すごく大きな自信になりました。やがて大津磨きとしては珍しい大きな仕事も入ってきて、奥田さんに相談しながら試行錯誤するうち、次第に「大津磨きの職人」として知られるようになったんです。そんな中受けた仕事にかまどの発注があって。「タイルかまど」と指示があったんですが、ぜひこのかまどを、僕が得意な大津磨きでやらせてくれないかとお願いした。それをきっかけに大津磨きのかまどの仕事も増えていき、今となっては僕の名前を取って「磨き憲司」とまで言われるようになった。それがコヘッツイにつながるわけです。

「自分で火を焚いて番をする」のが醍醐味。 「コヘッツイ」で炊くピカピカご飯

松木:ところで阿部さん、実際に今からご飯を炊いてみましょうか。自分で火の調節をしてかまどで炊いたご飯の味は格別ですよ。

阿部:ありがとうございます!嬉しいです。

(松木さんのご自宅の庭でご用意をいただく)

松木:まず燃料を用意して、それらをくべます。そして火をつける。そのあとは、20分程度様子を見ながら焚いていく。早めに火を弱めれば少し芯の残った歯ごたえのあるお米になりますし、少し長く炊けばおこげができるんですよ。火を止めたら、10分ほどむらしてできあがりです。
さあ、出来ましたよ。色つやも美しいでしょう。ご飯のおともとともに召し上がれ。

阿部:わぁ!本当にありがとうございます!

(お米を口に入れて)
美味しいです・・・。お米がふかふかで、甘いですね。何杯でも食べられそうです。

(おかわりをする阿部)

「コヘッツイ」は、左官仕事の‘顔’となる商品。「売るもの」ではなく「買っていただくもの」

阿部:美味しいご飯をいただき、本当にありがとうございました。ここからまたインタビューを続けさせていただきますが、コヘッツイの次なる展開はどういったものなんでしょうか。

松木: 新製品にTakibiというのがあります。要は火鉢なんですが、コヘッツイではご飯は炊けるけどおかずがないな、と思って。これなら卓上コンロの代わりに、鍋を囲んだりできる。炭火を使うから肉を焼いてもおいしいんですよ。

阿部:一つの核となる技術が確立されているからこそ、このスピード感でどんどん新商品をつくっていけるんですね。
ちなみに、現在はかまど1体数万~10数万円くらいとお聞きしましたが、今後価格を下げるという選択肢はありますか?

松木:もちろんこれまで価格の見直しはしましたけど、半分にはできませんからね。地元のものにこだわりたいから、三重県の桑名の鋳物で釜をつくって、尾鷲のヒノキも使ってとなると、値段はどうしても上がっていく。でも、これが蒼築舎なんですよというブランド構築もしていきたいんです。コヘッツイはその顔になる商品だから、ある意味これは売っちゃいけないものだな、とも思っていて。売るものではなくて、あくまでも、本当に欲しいと思っている方に買っていただくものだと。

阿部:その発想はすごいですね。コヘッツイはコンセプトを体現している商品だからこそ、それが伝えるメッセージが広がっていくことを優先させる。結果的にそれが左官のお仕事の方の売りになっていけばいいんだという。

松木:そういうことです。だんだんと支流が本流になっていけばいいと思うし、土壁の依頼も、こういうのを目にしたお客様からやってくるわけで。だからもう、チラシをつくって、いくらですから買ってください、というような時代ではないと思っているんですよ。

阿部:なるほど。ものづくりの背後にある考え方や、高度な技術があるということは、すべてコヘッツイが語ってくれるわけですね。

松木:そうです。手作りだからこれだけのお金はかかる。でも「売れない、困った」とはなりません。だって、これはうちの蒼築舎の宣伝広告と思っていれば、苦にはなりませんから。そういうプロトタイプをつくっていって、あちこちで発信できるということに意味があるんです。

阿部:最後に、今さまざまな業界で、どうやったら革新できるだろうと悩んでいる方が大勢いると思うんですが、松木さんからのアドバイスはありますか?

松木:仕事がないとか壁塗りの文化が廃れてきているとか、とりあえず困っていることを全部書き出して、まずは素直に認めること。その上で「それでも僕はこんなことができるんやで、見て見て」って思える方を向いていけば、新しい広がりが生まれる。どんな職業でも、だめやと思わずに新しいやり方を試していけば、何か策は出てくるはずだと思いますよ。
そのためには、常に時代を読むということも大切ですね。時代を読み、自分のやり方をチューニングしていると、きっと残ることができると思っています。それを僕は「残り福」って呼んでいるんですよ。

阿部:本日は本当にありがとうございました!

ブラたまEYE ~編集後記~

博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「形」の視点で、「コヘッツイ」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。

【形】こだわり抜いた「形」は口ほどにものを言う
博報堂ブランドデザインでは、ブランドに必要な3つの要素のうちの1つに「形」をあげています。私たちは「形」とは「唯一無二なブランドとしての独自の象徴物」と定義していますが、今回の「コヘッツイ」はまさにその要件を満たしていると言えます。
「左官技術を伝承したい。」「現在の暮らしに火を使う文化を残したい。」「ゼロ・エミッションで環境にやさしいものを作りたい。」そんな松木さんの思いを一手に叶える「コヘッツイ」。 松木さんはそんなコヘッツイについて、「蒼築舎の顔になる商品だから、ある意味これは売っちゃいけないものだな、とも思っていて。売るものではなくて、あくまでも、本当に欲しいと思っている方に買っていただくもの。」と話していました。たとえ値段が高くなっても、地元の良い素材にこだわって納得のいくものにしているのも、それがブランドの象徴として譲れない事だからです。
とある日の展示会でのこと。コヘッツイを一番目立つところにおいていると、中年の男性が興味を持って話かけてくれたそう。結局その方はコヘッツイは買わなかったものの、本職である左官の仕事を申し込んでくれたそうです。私はその話を聞いてコヘッツイは蒼築舎という左官職人集団が持つ志の語り部のような存在なのだと思いました。
ブランド体験の重要性が叫ばれる昨今、蒼築舎のように伝統技術のある企業でなくても、コンセプト商品やフラッグシップ店の必要性が増しています。その際は目先の収益から一旦離れて、ブランドの顔としてどこまでこだわれるか、を考えてみて下さい。その恩恵は短期的な売上では測れないものになるはずです。

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