研究開発局手塚グループの研究員3人が企画編集するKOTOBAOLOGY(ことばオロジー)。2015年5月に創刊記念号を発行して以来、「社会は『ことば』で、できている。『ことば』が社会を動かしている。」を基本コンセプトに、さまざまなテーマで時代の「ことば」を見つめ直してきました。2016年12月に発行した最新号のテーマは「天と地と日本人と」。KOTOBAOLOGY誕生の経緯から最新号の制作の裏側、今後のビジョンなどについてうかがいました。

写真左より 春名 宏樹上席研究員、手塚 豊グループマネージャー・主席研究員、亀田 知代子上席研究員

もはや広告のことばだけでは社会を捉えきれない時代になった

手塚:「KOTOBAOLOGY(ことばオロジー)」とは、いわば「ことばの考現学」のことです。人は普段ことばを通して意思疎通していて、それなしで社会は成り立ちません。ということは逆に、ことばのありようを見ていけば、その時々の社会の姿が見えてくるんじゃないかと考えているんです。
たとえば「ヤバイ」ということばがありますよね。これ、かつては否定語だったんですが、今では肯定語としても使われます。穴のあいたジーンズはみすぼらしいのか、カッコいいのか。どちらか一方だと決めつけることはできませんよね。絶対的な価値基準が失われた今日の社会で私たちに可能なのは、よいか悪いかの判断は保留して、それが「エクストリーム」である、つまり正規分布のいちばん外側にある、という評価を下せるだけなのではないか。「ヤバイ」という両義性を持ったことばが定着する背景にはそのような社会の姿が見えると思うんです。
もう一つの例は「地球温暖化」です。「気候変動」というひとつの自然現象が日本では「地球温暖化」ということばに集約されたため、ネクタイを外したり、打ち水をするとかの発想になった。一方イギリスでは「ロー・カーボン・エコノミー(低炭素経済)」ということばが定着していき、完全に経済全体の課題として認識されていきました。もとは同じ現象でも、社会に浸透するときにことばが違えば人の意識や行動も違ってくる。それはつまり、「ことば」で社会の動きは変えられるんじゃないかと。それはまさに広告屋の仕事そのものです。だからこそ一度きちんと博報堂として向き合っておくべきではないかと思っていたんですね。

春名:もともと僕は、12、3年前に「新広告年表」を手掛けていました。これは社内資料用に作られたもので、1960年から登場する主要な広告コピーの年表なんですが、当初はそれをさらに更新させるという仕事でした。そこで気づいたのは、かつてのコピーを見れば当時の世相とかどういう社会だったのかということがありありとわかっていたのに、12、3年前の時点で、もはや広告のことばだけでは社会が捉えられなくなっていたということ。かつては一元的な消費社会というものがあり、世の中はそれで回っていたわけですが、次第に生活者一人一人が主導権をもっていて、発言もできるようになった。広告が社会のど真ん中にいて、広告のことばを拾えば社会をとらえることができると感じていた時代の終わりが、そこにあったのではないかと思ったんです。
そういう話を手塚さんとしていて、だったら、広告のことばだけではなく、社会全体からことばを見ていくべきなのではないかと。そうして2015年に完成させたのがウェブサイト「ことば社会年表」です。1960年から現在まで、商品名からドラマのタイトル、流行語などを収集し、時代を表すことばをテーマごとに時系列で分類しました(現在3013語を収録)。この「ことば社会年表」を主なデータソースとして編集しているのが冊子「KOTOBAOLOGY」です。2015年5月に創刊記念号を発行して以来、毎号の特集テーマに応じて、今の社会が感じ取れるようなことばを選び取り、時代と社会の考察を試みています。

上から見下ろす東京タワーと下から見上げるスカイツリーに、どんな無意識的な社会の欲求が隠されているかを見出す

手塚:最新号の特集テーマは「天と地と日本人と」です。一見唐突に見えるかもしれませんが(笑)。僕らはそれぞれが普段からなんとなく“今トピカルなものは何か”を考えていて、常日頃行うミーティングでテーマを絞っていきます。今回の場合、「天と地」というのはメインライターの春名君の発案で、そこを起点に3人で肉付けの仕方を考えていきました。前回や前々回の夏季・冬季オリンピックの出場選手ではキラキラネームの子が多かったけど、親は、子に天上の存在となってほしいからそう名付けたのだろうかとか、ちなみにテーマを「東京」としたVol.1の場合は、東京タワーはなぜ「タワー」で、スカイツリーはなぜ「ツリー」になったのだろうかとか。本当にそういう他愛ない話から着想を得ていきます。

春名:それに続く作業としては、気になったことばがあれば、今度はそこにどんな無意識的、集合的な社会の欲求や見立てが反映されているのかを考えていくんです。スカイツリーになぜ「ツリー」ということばが選ばれたかの話でいくと、東京に新しく立つべきものは人工物ではなくて、何か御神木のようなイメージが求められたのかもしれない。その木のもとに人が集まり、みんなで話して何かをやる、という今の時代ならではの空気が表れているのかもしれないとか。一方で、東京タワーの「タワー」からは、上から東京を見下ろしたいという願望が見える。完成した昭和33年当時は“上京”の頂点がまさに東京タワーだという心理があったんじゃないだろうかとか。実際に過去のニュース映像などを見ても、東京タワーは見下ろす映像、スカイツリーは見上げる映像が圧倒的に多いんです。その2点が決まると、じゃあその2つの間にどういうことばの変遷があるんだろう、という風に発想していきます。

手塚:「ことば社会年表」の大量のことばを見ながら、テーマの核になることばを探していく作業を、僕らは「満天の星空から星座を見つける作業」と呼んでいます(笑)。2点が決まっても星座にはならないので、その間をどうつないでいくと小熊になったり白鳥になったりするのか。ほかにも一等星がいくつか見えてくれば、形がぼんやり見えてきます。
「野人岡野」なんて、それまであまり気にも留めていなかったことばだけど(笑)、「山ガール」「森ガール」につながる線が見えてくると、急に「地」に関連したことばとして立ち上がってくる。彼が話題になった94年という年が、何らかの無意識的なものの区切りなんじゃないかとか、ストーリーがつながっていくんです。

亀田:「天と地と日本人と」というテーマを通して、日本人が持つ自然観に改めて気づくこともありました。もちろん地震国というのもあるけど、「土地ころがし」とか「山が動いた」とか、「地」がすごく不安定なものとしてあって、永遠に安定した場所みたいなものを天上に仮託したんじゃないかとか。

手塚:僕は「天と地」ということばから「竹取物語」をすぐに連想したんですが、あの話も天上は安定した理想郷で、地上は俗にまみれた「下界」として位置付けられています。罪を犯したかぐや姫は地上に降ろされ、王の求愛を受けたり愛欲にもみくちゃにされて疲れ果てて、つまりそれが受罰なわけですが、やがて赦されて天へ戻っていきます。なんか、この往復運動を日本人は繰り返しているのではないか。天上の安定した生活は同時に退屈でもあり、そこで地上に降りてくる。地上の俗っぽさは楽しいが不安定であり、やがて懲りて天上へと戻っていく、そんな繰り返しをしているように思えるんです。
少し前に「キラキラネーム(2010)」ということばがありましたが、あれは自分の子供たちを安定した天上に住まわせたい、という願いの表れなんじゃないか、また一方では「地域創生(2014)」とか「聖地巡礼(2014)」のように、あらためて日本人は「地」と向き合おうとしているのではないかと。そんなふうに、ことばを通して社会が集合的に共有する無意識を読み解いていくんです。

ことばから過去を見直し、普遍的なものを取り出す作業を続けたい

亀田:今後のテーマの候補となる素案はいくつかありますが、とりあえず次号のテーマとしては、「わたし」などの一人称、あるいは集団の呼称などを考えています。
自分が自分のことを、あるいは自分たちのことをどう呼んできたか、その変遷を掘り下げられると面白いかなと。社会の中での準拠集団も、かつては〇〇族と言っていて、そこから〇〇系、〇〇部となったり。「皇居ランナー」や「カープ女子」なんかも、最近出てきた呼称で面白いなと思います。企画はまだまだ形になっていないのでこれからですが、割と社会に直結するテーマなんじゃないかなと考えています。

春名:僕らも自分たちなりの見立てで、一つのストーリーをつくっている。だから、「KOTOBAOLOGY」での見立てをどう使うかも、手にした方々が自分たちで発見していってほしいですね。それもことばの考現学の面白さだと思っています。

手塚:「KOTOBAOLOGY」のデータソースになっている「ことば社会年表」からしてそうですが、そもそも学術的な研究に耐えられるかと言えばそれは疑わしい。ことばを集める基準が、新聞に何ワード載ったとかログ解析の結果とかじゃなくて、極めて主観的ですから。でも、むしろ年表を眺めることから我々がどんな発見、発想ができるかこそが大事なので、それで構わないと思っています。「KOTOBAOLOGY」もこれが正解ということではなくて、僕らはこう見てみたけど、あなたはどう?と問いかけたいような気持ちなんですね。
特に日本は、「失われた10年」がいつの間にか「失われた20年」になっていたりして、社会をどう見立て、検証するかという視点が非常に貧弱なんじゃないかなと思うんです。これからの時代はそういう視点がすごく大事になってくるはず。だからこそ、ことばを仕事にしている広告会社としても、ことばを通して過去をしっかりと見直し、普遍的なものを取り出すという作業を続けていきたい。これからもそんな意識で編集していければと思います。