発売中の3冊の文鳥文庫を手に。右から、取材にご協力いただいた文鳥文庫の牧野圭太さん、博報堂ブランドデザインの加藤由佳。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第10回に登場するのは、短編文学作品を製本せずに折りたたんで封筒に収納、手軽に読書を楽しめるスタイルが話題を呼んでいる「文鳥文庫」のつくり手、牧野圭太さん。広告会社のコピーライターを経て2015年に独立した牧野さんに、文鳥文庫のネーミングの由来や、文学への想いなどについてうかがいました。聞き手は、博報堂ブランドデザインの加藤由佳です。

スマホ時代。でも、読みやすい短編はたくさんある。 読書の新しいスタイルを提供する「文鳥文庫」

「文鳥文庫」に収納されている作品はすべて16ページに収まる短編小説作品。作品ごとにジャバラ状に折りたたまれているので、好きな作品から個別に取り出して読むことができます。昨年7月に第1弾を発売し、これまでに3シリーズを刊行。それぞれ「日本文学8名作」「ふたり」「謎」というテーマに沿って、文豪の名作から現代人気作家の書下ろしまで、牧野さんのキュレーションによるバラエティ豊かな作品が収録されています。

加藤:私、通勤電車で文鳥文庫の本を毎日1冊ずつ読むのが楽しみなんです。持ち歩きたくなるコンパクトさとデザインですよね。まず、文鳥文庫誕生のいきさつから教えてください。

牧野:今、本や文庫は売れないとよくいわれますよね。たしかに長編は読むのが大変だけど、でも実は短編で面白いものもいっぱいある。それを気軽な形で安価に届けられたら、本の現状を変えられるかもしれない――。そう思ったのが、そもそものきっかけですね。

加藤:そこからどのようにして、あの文鳥文庫の形が生まれたんでしょうか。

牧野:デザイナーの柴田(現在文鳥文庫のデザインを担当)と飲んでいたときに、太宰治の『走れメロス』は、文庫本では短編集の中にまとめられているけど、15ページしかないから10分で読み終えることができて、しかも面白いという話になったんです。それで、『走れメロス』だけを届ける方法はないかと考えていたら、A3判の紙の表裏に収まることに気づいたんです。文庫本の8ページがA3判1枚になりますから。

加藤:文鳥文庫の『走れメロス』が16ページなのは、そういう理由があるんですね。

牧野:それで、A3判に印刷して折り畳んで販売するというアイデアが生まれました。そのときは、ブックに対して1枚の紙だから、「PAPER」という名前を思いつきました。でも、開いて読むのはやっぱり面倒だということになって、ジャバラ型に折り畳むことにしたんです。PAPERという名前もコンセプチャルすぎるねということになって変えることにしました。それで、安直だけど僕が一番好きだった「鳥」がいいと。生き物が名前についていると愛着が増すし、生命感や温かみを感じさせます。それに何といっても鳥はかっこいいですよね。飛べるということは、人間にとってあこがれのひとつだし…。

加藤:私は文鳥という名前がすごくいいなと思ったんです。文鳥を選んだのはどうしてですか?

牧野:まず文鳥には「文」という字が入っていますよね。また「手のり文鳥」という言葉もあるように、手のひらに乗せられる文庫のイメージにも合います。「文鳥文庫」という4文字の語感もいい。それで結果的に、鳥なら文鳥しかないだろうと思いました。でも最大の理由は、デザイナーの柴田がちょうどそのころ文鳥を飼っていたからですね(笑)。

加藤:そうなんですね(笑)。社名の「文鳥社」も、出版を想起させるとともに、今までにない何か新しい感じもします。

牧野:出版を開始して約1年ですが、この名前とともに、皆さんには愛着を感じてもらっているようで嬉しいです。

出版業界の外にいるからこそ可能だった、 「本」という形にとらわれない発想

加藤:このあいだ、お茶をしながら文鳥文庫を読んでいたんです。ふつう文庫本だと、片手でぐっと押さえておかないと読めませんが、文鳥文庫だと手で持ったとしても本当に軽いですし、置いたままでも読むことができて、ああこれ読みやすいなと実感しました。あと、好きな作品を個別に1冊150円程度で買うこともできるのもいいですよね。本の形としては本当に新しい。出版社や書店からの反応はいかがでしたか?

牧野:出版業界の外の人間だったから、本の形にとらわれなかったのかもしれませんね。販売方法にしても、文鳥文庫は通常の委託販売ではなく買い取りです。始める前は、周囲に、やはり書店にとっては委託販売が基本なので難しいのではと言われましたが、実際には何の問題もありませんでした。書店でも最近は雑貨を置いていたりしますが、ああいった雑貨は買い取りですよね。書店にしてみれば、文鳥文庫はある意味、本と雑貨との間の商品だととらえられているのかもしれません。

加藤:なるほど、雑貨ですか。確かにデザインもおしゃれですし、そんなとらえ方も自然な気がします。現在の取り扱い書店は、どのくらいになるんですか?

牧野:100店から120店でしょうか。でもこちらからアプローチした書店は、実はほとんどないんです。

加藤:すごいです!営業なしで、口コミでそこまで広がったということですか?

牧野:そうですね。お客さんから書店に「文鳥文庫はありますか」と問い合わせが入った、というケースが多いようです。

加藤:それだけ注目されているのですね。

テーマに沿って、自分が純粋に面白いと思う作品をチョイスする。 村上春樹さんにも直接出版を依頼!

加藤:文鳥文庫に収録される作品やテーマは、どうやって決めているんですか?

牧野:まず、16ページ程度で収まるという最大の条件がありますが、僕が思う面白いものを感覚で選んでいるところもありますね。第1弾の「日本文学8名作」は、わかりやすく象徴的な作品を選びました。文鳥文庫が誕生するきっかけになった『走れメロス』に、宮沢賢治の『注文の多い料理店』。芥川龍之介、夏目漱石の短編、童話が好きなので新美南吉も入れました。第2弾からはテーマを設けることにして、ちょうどクリスマスシーズンだったので「ふたり」にしました。恋愛系が多いですが、その枠に収まらない兄弟愛というようなものも含めています。第3弾は「謎」で、ミステリーやホラーの作品を集めました。江戸川乱歩のユーモアミステリーや、アメリカのナサニエル・ホーソーンの『ウェイクフィールド』という、200年近く前の不思議な味わいの作品も入っています。

加藤:第2弾に村上春樹さんの『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』も入っていますが、著作権は切れていませんよね?交渉が大変だったのでは?

牧野:文鳥文庫は、実は著作権が切れていない作品も多く出版させてもらっています。村上春樹さんは、やり方は内緒ですが直接アプローチさせていただきました。駄目元で依頼をしましたが、心よく引き受けていただくことができて驚きました。自分が最も尊敬する作家ですから、奇跡だと思いました。さらに第3弾では、乙一さんの書き下ろしも入っています。面白そうだからと引き受けてくださいました。

加藤:電子書籍をはじめ、何でもデジタルの世の中で、紙で勝負している点に著者が共感して、応援してもらえるんじゃないでしょうか?

牧野:そうかもしれませんね。僕の感覚ですが、間違いなく誰もが紙に愛着があるものだと思っています。あまりアンチデジタルにはなりたくありませんが、まだスマホで文学を読む気はしませんよね。

加藤:確かにそうかもしれませんね。どうしてでしょうね。

牧野:僕なりに考えた答えは、距離感じゃないかなと思ってるんです。スマホの画面は目の前にあるけど、データ自体はどこか遠くのサーバーに入っていたりします。だから「ここ」に存在しているわけではない、という感覚をみんなどこかで感じてしまうんじゃないかなと……。データだとボタン一つで消えてしまいますから、存在として安定感もないというか。ものとして紙が確かに「ここ」にあれば、物語も固定できて、世界観にも入り込みやすい気がする。情報を摂取するにはデジタルで問題ないんですが。これは多分に感覚的なことなので本当のところはどうなのか誰かにきちんと論じてもらいたいですね。

加藤:確かにデジタルと紙にはそういう違いがあるような気がしますね。

牧野:それと、文鳥文庫の場合はプレゼントに使えるという点が大きいかもしれません。

加藤:確かに!売り場によってはリボンをかけてギフト仕様で置いてあったりしますよね。ああやってディスプレイされるのを見て、私も実際に誰かに贈りたくなりました。文鳥文庫のユーザーはやはり読書好きの方や、女性が多いのですか?

牧野:そうですね、もともと本好きな方は多いと思います。でも理想としては普段あまり本を読まない人に、文鳥文庫を通して文学に触れてほしいという想いがありますから、そこはこれから目指していきたいところですね。男女比率で言うと、現段階では女性のお客さんが約7割。年代はすごく幅広いです。若い方はもちろん、年配の方も購入してくださっています。以前新聞で紹介されたとき、インターネットが使えないからといって、直接注文の電話をしてきたお客さんが1日に30人くらいいらっしゃってビックリしました(笑)。

世の中に「進化」より「文化」を。 文学の入り口としての「文鳥文庫」を届けたい

加藤:これからの展望を聞かせていただけますか?

牧野:いろいろありますね。まず、早く100タイトルを出版して「文鳥文庫の100冊」BOXをつくりたいですね。夏休みに子ども達に読んでもらいたいですね。それと、第4弾から企業スポンサーをつける予定なんです。本には広告をつけないというのが業界のルールですが、文鳥文庫は半分雑貨だからいいかなと。
ほかにも、文鳥文庫でアニメーションのショートムービーをつくったら、学校に教材として紹介できるんじゃないか、なども考えています。いずれにしても、多くの人たちに、いろいろな時代の、いろいろな作家の物語のあり方といったものを知ってもらいたいとは思いますね。

加藤:素敵ですね。文鳥文庫らしい取組みだと思います。最後に、文鳥文庫は生活者に何を提供するブランドでありたいとお考えですか?

牧野:文学は人の精神を救うために生まれたもので、僕も学生時代に文学に救われたという思いがあります。文鳥文庫は、その文学の入り口になってほしいですね。
最近考えているのは「進化より文化を」ということです。狭い意味で進化が指すのは、テクノロジーの発達だったり、経済的な発展だったりするのに対して、文化とはいかに人間的であるかを追求すること。進化の対極にあるのが文化ではないでしょうか。文鳥社の「文」は、文化の文でもあります。会社として、これからも文化や人間を大切にしていきたいと思っています。

加藤:今日は本当にありがとうございました!

■ご参考■
文鳥文庫 http://bunchosha.com/buncho_bunko

編集後記 ~ブラたまEYE~

博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「志」の視点で、「文鳥文庫」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。
【志】いくつもの「なぜ」がブランドビジョンを研ぎ澄ます
「本と雑貨の間」という新しいカテゴリを生みだして、新しいブランドをヒットさせた牧野さん。「文鳥文庫」という絶妙なネーミングなど、コピーライターならではの言葉の選びはさすがです。
しかし、本当に私たちが学ぶべきは、コピーライターの書く力ではなく、「見つめる」力ではないか、私は牧野さんの話を聞いていてそんな風に思いました。
冷静に考えれば、文鳥文庫は短編を抜き出してオシャレな表紙にしただけ、と言えなくもありません。それにもかかわらず、牧野さんのお話しを聞けば聞くほど、「文学」という人間にとって大事な文化を残す知恵が詰まっていると感じてしまうのはなぜでしょう。
それは、牧野さんがいくつもの「なぜ」を繰り返しているからではないでしょうか。
例えば、取材の中で牧野さんは「スマホより軽かったら持ち歩いてもらえるんじゃないかと思ったんですよね」と言っていました。文庫が売れない理由は「重さ」ではないか。そんな牧野さんならではの視点が、文鳥文庫のサイズの決め手になったのです。私たちは、「スマホ時代に紙の本はもう売れない。デジタルに移行する」という業界の常識に流されてしまいがちです。しかし、牧野さんはそこに「なぜ」を投げかけていました。
他にも、「文学はなぜスマホでは読みたくならないのか」という話も印象的でした。言われてみれば私も、ビジネス書やマンガをデジタル書籍で読む事には違和感はありませんが、文学作品はおいしいお茶を飲みながら紙で読みたい気がします。その疑問を突き詰めていった結果、「手元に置いておきたい、雑貨のような本」という考え方が生まれました。
さらに、牧野さんは「なぜ文学が人にとって必要か」という大きな「なぜ」対してもしっかり向き合い、その答えを自分なりに考え、「進化より文化」という誰もが分かる言葉にしています。
このようにいくつもの「なぜ」を繰り返す事によって、文鳥文庫はただのオシャレ短編ではなく、「人間の文化にとって重要な文学の入り口を広げる」というブランドへ、その志が込められていくのです。
また、牧野さん自身が紙の本や文学が好きだったという事実も見逃せません。デザイナーと「紙」について何日も話しあった、とも言っていました。「文学」という文化を、コンテンツの側面だけでなく、素材や大きさといった形の側面からも見つめ直して、そこに脈々と受け継がれているものの本質を読み解く。「なぜ」を様々な側面から考える事も重要です。
強いブランドには、ビジョンの裏にクエスチョンがある。そのブランドは、お客様にとって、時代にとって、人間にとって、そして自分にとってどんな価値があるのか。その問いが終わる事は無いのかもしれません。

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