島根県安来市の鍛冶工房弘光前にて。左より、今回取材にご協力いただいた小藤宗相さん、博報堂ブランドデザイン深谷信介。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第9回に登場するのは、島根県安来市に代々続く鍛冶の家系で、鉄の錆をあえて活かしたブランド「錆侘(sabi-wabi)」を展開する鍛冶工房弘光(ひろみつ)の小藤宗相(ことう・しゅうすけ)さん。先代たちが守ってきた伝統技術について、また新しいブランドにこめる想いなどについて、初登場・ブラたま編集部顧問で博報堂ブランドデザインの深谷信介がうかがいました。

時代の浮き沈みを生き抜いた伝統の鍛冶技術。 祖父と父のひらめきと行動力が運を引き寄せた

鍛冶工房弘光の創業は江戸時代後期の天保年間。以来160年にわたり、代々鍛冶屋として、生活に密着した農具や民具、観賞用の美術刀剣などを製造してきました。その11代目に当たる小藤宗相さんが2011年に立ち上げたブランドが「錆侘」です。鉄という素材が持つ本来の魅力を味わってほしいとの想いから、あえて錆止め(化粧)を施していない製品の数々。どっしりとした質感、素朴な経年の味わいが、こだわりを持つ熱心なファンに支持されています。


「錆侘」の作品たち。あえて錆びを活かし、「朽ちることの美しさ」を表現している。

作業場の様子。昔ながらの道具・作法を守り、製品づくりを行う。

深谷:ここ島根県出雲地方東部は、古代から「たたら製鉄」(日本における製鉄法)がさかんな地でした。小藤さんで11代目となる鍛冶工房弘光は、さかのぼると江戸時代から鍛冶業を営まれているとうかがいましたが、工房の成り立ちについて教えていただけますか?

小藤:うちは代々この地方で、村下(むらげ)を務めていた家系でした。村下とは、製鉄作業全体を監督し、職人をまとめる役割のことです。いまで言う工場長、現場監督のような立場ですね。明治以降は製鉄技術も西洋化していき、たたら製鉄業は次第に衰退していきます。そんな中、曾祖父や祖父、父は、日本刀や農機具などの製造で家業を続けてきました。

深谷:日本刀から農機具まで、多様なラインナップを一緒に作られていたのですか?

小藤:そうです。美術刀剣の需要というのは一定数あるんですが、それだけでは食べていけないので。かつて鍛冶屋は村に必ず1、2軒はあって、生活に密着した道具をつくっていました。鋤や鍬をはじめ、囲炉裏端で使う火箸、十能(灰をかく熊手)など、電気やガスが普及する以前のいわゆる火周り品ですね。それが昭和40年代の高度成長期に入ると、囲炉裏はガスコンロに替わり、火鉢はファンヒーターに替わり……生活様式もどんどん変わって、一気に大量消費時代に入ります。

深谷:鍛冶屋さんにとって、大きなピンチですね。

小藤:美術刀剣も鉄製の道具類も先細りで、仕事は減っていく一方。そんなとき『灯火器 百種百話』(矢来書院 1976)という書籍の新聞広告を目にした祖父と父は、そこに載っていた江戸時代の鉄製の燭台の写真を見て「これは美しい」「うちの技術で復元してみたい」と思ったらしいんです。いまでもその当時の祖父、父のひらめきと行動はすごいなと思うんですが、早速父は夜行列車に飛び乗り、東京にいた編者の瀧澤寛さんという方に直談判しに行って。

深谷:それはすごい。

小藤:よっぽどうちの父が必死の形相をしていたのか(笑)、瀧澤さんは快く燭台の現物を貸してくださったそうです。祖父も父も、3カ月くらいで復元できるだろうと予想していたそうですが、技術的にも難しく結局1年かけて復元させました。そこがおそらくターニングポイントだったんだろうと思います。生活は苦しかったんですが、時間と技術はあったので、古い灯りの文献を探してきては次々と燭台を復元させていきました。

深谷:そうなんですね。

小藤:そんな折にある百貨店のバイヤーの方が突然訪ねてこられて。松江市の物産館に展示していたうちの燭台が目に留まったらしく、写真をバシャバシャ撮ると怒涛のように去っていったそうです。「あとで注文するから」と言い残して。祖父も父もわけがわからず、当時は東京の百貨店の名前を知らなかったので、新手の詐欺じゃないかと思ったらしいです(笑)。

深谷:変な人が来たとしか思えなかったんですね(笑)。

小藤:しばらくすると百貨店からの注文が一気に来て、雑誌でも紹介され始め、少しずつ市場が広がっていきました。それまでの流れの揺り戻しというか、何もかも工業製品にとって代わられた中で、手仕事で生まれた製品を見直す風潮も出てきたところでした。金屋子(かなやご)の神様(この地に製鉄技術を伝えたとされる鉄の神様)が見ていてくれたのか、祖父も父も休まずに手を動かし続けていたら、風が吹いたという感じでしたね。

完成形の一方手前の姿こそが、カッコよくて美しい! 錆止めを施さない「錆侘」というブランド

深谷:小藤さんは最初、サラリーマンをされていたそうですね。家業を継ぐお気持ちはなかったんですか?

小藤:そうですね、将来的には継がないといけないなとぼんやり思っていた程度でしたね。ただ、東京で1年ちょっと働いていたんですが、父からも「〇〇さんのところに行って今度どういう作品がいいか聞いてきて」とか「〇〇について調べてきて」とか頼まれていたので、実際は半分サラリーマン、半分うちの営業のように仕事をしていました。その後1997年に地元に戻ってきて、縁あって美術館の職をいただき、平日は美術館、週末は鍛冶の仕事という生活を経て、本格的に家業に入ることになりました。

深谷:そして2011年に、オリジナルのブランドである「錆侘」を始められたんですね。

小藤:はい。鍛冶工房弘光の主力商品は燭台で、そのほかに風鈴なんかもつくっています。もともと、そういった商品を通して、鉄の素材感、その魅力を消費者の方に知ってほしいという気持ちはすごく強かったんですが、職人として鍛冶仕事に携わるうち、商品として完成したものにはない鉄の魅力というのも感じるようになったんです。

深谷:それはどういうものですか?

小藤:完全に“鉄好き”の視点で申し訳ないんですが(笑)、たとえば製作過程だからこそわかる生の素材の美しさがあります。表面を磨いてツルツルにする最終段階の直前、その表面の肌地が、何とも言えず美しくてカッコイイんです。それから、5年10年経って錆つくところも、鉄ならではの良さです。

深谷:錆というと、一般的な感覚では避けた方がいいもののように思えますが、それも魅力なんですね。

小藤:錆びていく、朽ちていく美しさというものが確かにあって、それをもっとたくさんの人に感じてほしいなと思ったんです。いまの世の中はあらゆるものが機械生産、大量生産されたもので、ある意味きれいではあるんですが、味わいが感じられるものがあまりない。鉄を扱っていて気付いたのは、時間とともに変わっていくものだけが持つ、味わい、美しさがあるんじゃないかということなんです。

深谷:なるほど。

小藤:それで、燭台をつくった後に出る端材を活かす形で、少しずつ、自分が好きな、いいと思える商品をつくり始めたのが最初です。ブランドというほど大したものではないですが、先代・先々代が残した素材でつくっていること、完成形の一歩手前の姿であることなど、鍛冶工房弘光のものにも、もちろんほかの商品にもない珍しさや面白さがあると思います。あえて錆止めは施していませんから、当然錆びていきます。でもその過程も楽しんでいただきたいんです。人だって、いつまでも若い姿のまま変化しない人なんていないじゃないですか。そして、年とともに人としての味わいは増していきますよね。

深谷:確かにそうかもしれないですね(笑)。
あと、鉄は使い続けていればあまり錆びないわけですよね。

小藤:そうなんです。こうした道具というのはよくできたもので、鉄に限りませんが、使い続けていればなかなか傷まないものなんですよね。

共通するのは、家業で受け継がれてきた仕事の緻密さと、丁寧さ。 素材が持つ無垢な美しさに、一人でも目を留めてくれたら

深谷:使い手のことはどのあたりまでイメージされてつくられていますか?

小藤:自分だったらこう使うかな、と考えてつくってはいます。でも、それをわざわざ説明することはないですね。面白いのは、お客様は「こういう風に使おう」という明確なイメージができている方が圧倒的に多いこと。商品を見た瞬間に、あそこに使える、ああいう使い方もできそう、なんていうイメージが膨らむようで、それをうかがっているとこちらもすごく面白くて刺激になります。たとえばこのフックはストールを掛けたいのでもう少し大きめのものが欲しいとか、飲食店オーナーの方が、お店で上着をかけるフックの替わりに使いたいとか。このボウルも使い方は自由です。什器にしてもいいし、インテリアとしてただ飾ってもいい。

深谷:小藤さんがいいと思う部分に共感するお客様が買われているので、距離がすごく近い感じがしますね。

小藤:幸いにもリピーターの方がものすごく多くて、ギャラリーができるんじゃないかと思うくらい買い集めてくださっているお客様もいます。展示会では「新作はどれ?」と聞いてこられる方もいる。こないだあれを買っていただいたので、次はあれに合うものをつくろうとか、じゃあこういうセットができるなとか、アイデアも広がっていく。お客様とのやり取りから市場も回せていて、ありがたいです。

深谷:そういうつくり手と使い手のやりとりは趣深く面白いですね。
ほかに作品づくりにおいて意識されていることはありますか?

小藤:作品の6割くらいは、テーマを持ったものになっています。たとえばこの3つの燭台は、家族をイメージしています。単品でも販売していますが、3つ揃うと、父、母、子の姿になる。別々に飾っていてもいいし、何かの折には寄り添わせて、灯りをともしてもらえれば。また、あるとき娘さんを亡くされたお母さんがいらして、燭台を買っていかれたことがあって。そのお母さんの姿がすごく印象的だったので、この燭台は、娘さんのことを思って灯りをともす、お母さんの祈りの姿をイメージしてつくりました。


家族をイメージしたという、錆侘の燭台。

深谷:そんな物語が背景にあるんですね……。

小藤:そういう点は鍛冶工房弘光の製品と明らかに異なる部分ではありますが、一方で共通しているのは、仕事の緻密さ、丁寧さです。歪みなく仕上げるとか、つなぎ目には丁寧にやすりをかけて滑らかにするとか。見えない部分にも気を配って、丁寧に仕上げるようにしています。

深谷:小藤さんにとって、こうしたものづくりが持つ意味とは何でしょうか。

小藤:完全に自己表現なので、自分がいいと思っているものを提案して、それが認められると本当に嬉しいですね。「錆侘」で販売しているものは、鍛冶工房弘光のほうでは絶対に扱えない商品ではあるし、ご先祖からは「未完成のものを出して」って怒られるかもしれない(笑)。でも「錆侘」では、日本刀のような美術品が持つ正統派の美しさとは異なる、素材の無垢な美しさ、ナチュラルな美しさを感じてほしい。もしそこに一人でも目を留めてくれる人がいたら嬉しいなと思います。

深谷:これからも小藤さんならではのものづくりを続けていってください。
本日はお忙しいところありがとうございました!

■ご参考■
錆侘 http://www.sabi-wabi.com

ブラたまEYE ~編集後記~

博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「属」の視点で、「錆侘」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。
【属】 重層的な関係性と時間軸が、モノを独特の味わいに昇華する
弘光や錆侘には、においがある。
鍛治場らしく、明るい日差しと身を引き締める少し張り詰めたような空気が漂う中、においの原点を追い求めるインタビューとなった。あっという間の2時間半、そこに悠久の時間、ぶれないクリアなモノづくりと幾重にも折り重なる属の波形を、確かに感じ取ることができた。
・ 家系という属
鉄作りから鉄の一次加工・二次加工・商品化・流通/販売まで、いわゆる鉄に関わるサプライチェーンすべてを、11代という時間軸のなか、揺るがない確かさで構築している強固なビジネス基盤、そして先祖が残している道具・工場・材料・空気感・・・
・ 3人の現職人同士の属 
父・妹・自身という3名の職人が在籍、父は弘光のみを製作、自身の父、小藤さんの祖父の背中をいまでも追い続ける。妹さんは、弘光と錆侘の一部を製作、小藤さんよりも職人歴が長い。小藤さんは父を追い祖父を追い、妹に敬意を評し、弘光と錆侘双方に向き合いつづける。互いにライバルであり師匠であり同士である。語らずとも互いに敬意を評し黙々と腕を磨き続ける、その切磋琢磨こそが着実なイノベーションを興し、次代へと紡ぐ礎となる
・鉄と自分という属 
日本刀製作で培われた美に対する大きな価値観とそれを具現化する細部にわたる繊細な技術・技法。鉄を極めたい、その想いが素材感という新たな美の発見に間違いなくつながっている。対象物と日々向き合い心を砕いて手を動かしているからこそ、確実な革新に出会うことができる
・お客様と職人という属 
敢えて余白でお客様とのやり取りを愉しみ深めていく。過大な説明をしがちな現代コミュニケーションと対峙し、深く鋭く探り合うキャッチボールを愉しむ、そのことをより豊かな時間としているのが、錆侘ブランドである。換言すればバリューチェーンであり究極の体験デザインである。
・みえないなにかとの属 
信じ導かれていく。
悠久の時間のながれ、ひととの出会い、なにかに導かれていくこと。これらをたいせつにされながら、日々鍛錬されている。そして、このような環境下でしごとをできていることへの深い感謝。こういった心もちを、宇宙が見逃すはずもない。「ご縁の国・島根」ならではである。
ブランドにはにおいがある。5つの属が、圧倒的なユニークネスを生み出し、またそれぞれの属を重層的に有機的に生態系の如く結合していた。
村下を先祖に持ち、刀職人・鍛治職人を継ぐ11代目小藤さんが発したことだまに強く惹かれた。ゆるやかで広がりをもつことば、日本語。ハイコンテクストだからこそ無限の知とゆたかさへといざなう。
日本には日本のブランド、もとい意匠がある。日本でしかできない意匠づくりを支えていきたい。
>博報堂ブランドデザインについて詳しくはこちら

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