昨年度の売上は前年比で180%超!京都・烏丸三条通りに、初の直営店「KUSKA SHOW ROOM & CONCEPT SHOP」もオープン。写真は同店にて。右から、今回取材にご協力いただいた楠泰彦さん、博報堂ブランドデザインの山田聰。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
今回登場するのは、オールハンドメイドのシルク製品ブランドKUSKA(クスカ)を立ち上げた楠泰彦さん。織物で有名な京都・丹後の地から、従来の和装にまつわる商品ではなく、ネクタイや靴、サーフボードまで生み出した異色の経営者です。
今回の聞き手は、博報堂ブランドデザインのコピーライター/ブランド・コンサルタントの山田聰。インタビュー中にきちんと自腹でネクタイを買わせていただき、身をもって魅力を体感した山田が、KUSKAの物語をお届けします。

継ぐつもりはなかった家業の機織り工場・・・丹後に戻ってきたきっかけは、サーフィン!?

KUSKAは、「丹後ちりめん」で有名な織物の産地、京都・丹後で生まれたテキスタイル(織物)のブランドです。主力商品であるネクタイは、世界で唯一のオールハンドメイド。独自の凹凸のある質感と手織りならではの心地よい肌触りが魅力的な、ついつい手にとってしまう一品です。全国の百貨店やセレクトショップで販売しているほか、2015年には京都市内に初の直営店をオープンし、全国にファンを拡大しています。


「KUSKA SHOW ROOM & CONCEPT SHOP」店内の様子。主力商品であるネクタイのほか、洋服・靴・家具など、手織物を素材に使った多様な商品が並ぶ。

山田:今日はよろしくお願いします。読者の中には丹後の織物に詳しくない方もいらっしゃると思いますので、まずはその特徴から教えていただけますでしょうか?

楠:丹後織物は300年以上の歴史があります。特に、「丹後ちりめん」と呼ばれるものが有名ですね。染める前の着物の生地を「白生地」と呼びますが、丹後は質の高い白生地を作る産地として、1971年にピークを迎えるまで多くの織物を作ってきました。
丹後は年間の降雪量も多く、湿気が多い土地です。湿気が多い事で糸が切れにくく、強い「撚り(より)」をかけられるため、美しくて良い生地に仕上がると言われています。また、コツコツ真面目にがんばる人柄が根づいており、京都市内の問屋さんの厳しい要求に答えてきた高い技術力があります。
一方で、世の中から和装の機会が激減したことで、当然ながら生地の生産量も減り、今ではピークの約1/20にまで減ってしまいました。40年以上、右肩下がりの業界です。また、作り手の高齢化も問題です。生地を織る人、着る人、いずれも平均60歳を超えているのが現状です。

山田:伝統産業に共通する悩みですね。では、そんな状況の中で楠さんがKUSKAブランドを立ち上げた経緯を教えて下さい。

楠:私は、祖父が1936年に丹後で創業したクスカ株式会社に次男として生まれました。中高と野球にのめり込み、その後は東京の大学へ進学しましたが、中退し東京の建設会社に就職しました。
元々、家業を継ぐつもりはなかったんです。クスカ株式会社は、白生地を織って京都市内に納める、いわゆるOEMを専門に行う工場だったのですが、先ほどもお話しした通り、生産量も取引先も減り続け、私が社会人になった時には、正直言って廃業寸前でした。

山田:それが、どのようなきっかけで継ぐ事になったんですか?

楠:実は…サーフィンなんです(笑)。会社員時代にサーフィンにハマり、稼いだお金で日本中、世界中を回ってサーフィンを楽しむ生活を送っていました。ある時、雑誌で丹後の海がサーフィンに適していると知り、久しぶりに帰省して行ってみたら、とても良い場所で。丹後で働きながらサーフィンも楽しむライフスタイルって悪くないな、と思ったのがきっかけなんです。

山田:なるほど、そういうことだったんですね。久しぶりに帰ってみて、会社の様子はいかがでしたか。

楠:職人は一生懸命働いているのに商品は冴えないな、というのが素直な印象でした。何より、OEMですので、自分達が作ったものを誰が売っているのかも、誰が使っているのかも分からない。うちの会社に限らず、丹後の織物業界全体が暗い雰囲気だったので、ガラッと変えるような大胆な手を打たねばと思いました。両親も、私が継がなければ廃業して年金生活を送るつもりだったので、どうせ廃業するなら1年間思い切った事をしてみよう、と楽観的に始めました。
2007年に入社して、1年間は京都府の織物センターで織物の基礎を勉強した後、2008年に社長に就任しました。就任後すぐに、工場の織物機械をすべて売って全面的に手織りに切り替えることにしました。

手織りにすべての財産を賭ける―500回くじけて501回踏ん張った、KUSKA立ち上げ期

山田:機械を全て売ってしまうなんて、思い切った改革ですね。

楠:ちょうど北京オリンピックの建設ラッシュの影響で、鉄が高く売れる時期だったんです。機械を売って得たお金と銀行からの借り入れをもとに、OEM事業から直接お客様に届けるBtoC事業に切り替え、KUSKAブランドを立ち上げたのが、2010年でした。
立ち上げ当初は、バッグや洋服など色々とチャレンジしましたが、アクセサリーのように質感が重要で単価も高いネクタイが、手織りで丁寧に作るKUSKAと相性が良かったので、まずはネクタイに絞って作ることに決めました。

山田:機械織りと手織りでは、ネクタイにどんな違いが生まれるんですか?

楠:手織りは機械織りに比べると圧倒的に時間がかかり、生産スピードは1/30。1人の職人が1日わずか3本程度しか作れません。一方で、手織りは機械織りに比べて糸にかかる力がソフトなのが特徴です。シルクの糸をやさしく織る事で、シルク本来の力を生かす事ができます。
見た目の違いとしては、機械織りが平面的なのに比べて、ふんわりと空気を入れながら作る手織りの方が立体的で3次元の世界観を表現することができます。

山田:確かに、KUSKAのネクタイは表面の凸凹が特徴的ですね。どのような作り方をなさっているのですか。

楠:たとえば、これは「絡み織」と呼ばれる、日本独自の織り方です。和装の世界では「絽」や「紗」と呼ばれる生地の織り方なのですが、糸を縦と横にクロスさせるだけではなく、縦糸をお互いに絡ませるように織りあげます。生地の産地でも一部の会社にしか出来ない高度な技術なのですが、KUSKAではこの絡み織を人間の手で作るので、私たちにしか表現できないふっくらした質感に仕上げることができます。
立体的な質感を生かすために、あまりデザインを入れすぎないように意識しています。また、作り方も変わっていて、普通のファッション・デザイナーは紙に図面を描いて型を起こしますが、KUSKAの場合、図面は描かずに機の上で織りながらデザインをしています。

山田:なるほど。それが「世界で唯一のオール・ハンドメイド・ネクタイ」とおっしゃっているゆえんなのですね。立ち上げは2010年だとお聞きしましたが、そこからすぐに売れ始めたのですか?

楠:いえ、最初はバイヤーからは見向きもされませんでした。後が無い状況で、500回くじけて501回がんばろうと思い直す、そんな厳しい日々でしたね。その結果、徐々に日本だけでなく海外のバイヤーにも認められるようになり、良い取引先さまに恵まれて、2012年を超えたあたりから売れるようになりました。昨年度の売上は前年比で180%を超えています。とにかく業界未経験の身でしたので、言われる事はなんでも素直に聞いて吸収して、カラダで覚えながら頑張ったというのが実情です。


「絡み織」の技術を活用してつくられた製品。

手織りの様子

自分が本当に欲しいと思うプロダクトを、 素材と対話しながら創り上げる

山田:最初から順調だというわけではなかったんですね。ところで突然なのですが、私もこの場でネクタイを購入させていただきたいと思います。私に似合いそうなものを1本選んでいただけますか?

楠:ありがとうございます。こちらのグレーのネクタイはいかがでしょうか。
これは「絣(かす)り織」という技法が使われているネクタイです。生地は通常、織り上げてから染めますが、絣り織は既に染めた、しかも複数の違う色の糸を使って織り上げるので、見る角度で色が変わる複雑な味わいに仕上がるんです。これも着物の世界で培われた技法。世界的に見ても独自性と高い技術が評価されているんです。

山田:「絣り織」のようなストーリーを聞くとさらに欲しくなりますね。では、こちらのネクタイでお願いします。

楠:ありがとうございます。早速つけてみましょうか。


山田、楠さんにネクタイを付けてもらう。

山田:KUSKAのネクタイは触るとすごく気持ちがいいですね。

楠:そうですね、シルクは人間の肌と同じタンパク質の繊維でできています。繊維質がものすごく細かくて、肌の角質にまで届くそうで、触っているだけで脳によい反応があるという話も聞いた事があります。
山田さん、ネクタイを締めて一気に凛々しくなりましたね。

山田:ありがとうございます。実際に締めてみて、ネクタイは「五感」の商品なんだなと再発見しました。色や意匠などの見た目はもちろん、織りがつくる立体的な質感、触れたときの手触り、擦れる音など、いろんな感覚が刺激されます。そうした五感の刺激を楽しみながらネクタイを締めることで、テンションが上がる。だから「大事なプレゼンや会合がある日に勝負ネクタイを締めて気合を入れる」ということができるのかもしれません。


ノ―ネクタイの山田。

KUSKAのネクタイを締めた山田。心なしかできる男に見える。

山田:ではここからは、ネクタイ以外のKUSKAブランドの広がりについてお聞きします。KUSKAブランドは靴やソファー、サーフボードまで広がっていますが、これらの商品の企画は御社から持ち込まれるのですか?

楠:はい。自社で企画して、提案に行きます。KUSKAはテキスタイルブランド、織物の会社ですから、素材を知り尽くしているのが特徴です。手織り素材のオリジナリティが活かせそうなプロダクトを素材と対話しながら考えているので、外部のデザイナーの方はそこまで企画に入って来られませんね。

山田:伝統産業だとどうしても従来の枠の中でしか発想できないと悩む経営者の方もいらっしゃると思うのですが、楠さんが自由に商品を発想できるのはなぜなんでしょう?

楠:一つは、会社員時代に全く別の業界にいたからでしょうか。同業種の経営者を見ていると、着物問屋や着物のメーカーなど、近しい業界で働いていた人が多いです。
また、個人的な性格として、偏屈者なんです(笑)。他の人と同じものは作りたくないと思って、手織りを始めたり、全く異なる分野の商品を考えたりしています。
あとは、自身が本当に使いたいものを作ることですね。

山田:そんな楠さんは普段、経営や事業のアイデアは、どのように考えているのですか。

楠:サーフィンの波待ちをしているときに頭の中がすごくフラットになって、アイデアを思いつく事は多いですね。海に向かう30分の運転時間にもアイデアが思いついたりします。

丹後が持つ300年の歴史が、世界にどこまで通用するのか。その挑戦を通じて、地元を世界に誇れる場所にしたい

山田:楠さんの場合は仕事とサーフィンの相乗効果が高そうですね。そのような環境だからこそ、直感力やクリエイティビティが磨かれているんですか?

楠:僕自身はあまりクリエイティブな人間だとか、考えるのが得意だと思っていません。どちらかといえば、丹後の織物の質を高めてきた先人たちの技術を応用させてもらっている、という感覚です。アイデアの源泉は、300年かけて培ってきた丹後の技術であり、和装の歴史です。「絡み織」や「絣り織」もそのうちの一つ。東京で暮らしていた時には気づかなかったのですが、丹後という土地だからこそ生まれた文化や風土にものすごく価値があるんだと、今は思っています。だからこそ、全ての商品のタグには、MADE IN KYOTOでもJAPANでもなく、「ALL HAND MADE IN TANGO」という文字を入れています。
私も含めて、丹後の人は「自分たちは田舎者だから、都会の人とは違うんだ」と卑下するような気持ちがあります。でも実際にはそこまでの格差はありません。インターネットの発達もあって、本当に良いものは情報発信次第で認められる。だからこそ、タグには「丹後だって世界と同じステージに立てるんだ」という想いが込められています。だって、自分の住んでいる所が寂れたら面白くないじゃないですか。KUSKAブランドを通じて、丹後は誇りが持てる、カッコよくてイケてる場所なんだという意識を広めていきたいですね。

山田:業界だけでなく、丹後に住む人たちの意識を変えるのがKUSKAブランドの志なんですね。では最後に、KUSKAの今後の展望を教えて下さい。

楠:今後はレディースにもチャレンジしていきたいと思います。また、東京に店舗を作りたいと思っていますし、インターネットも含めた直販にも力を入れていきたいですね。
そして何より、丹後が持つ300年の織物の伝統や、長年京都市内の問屋からの「もっといいものを持ってこい」という高い要求に応え続けた質の高い生地を作る力が、現代のライフスタイルにどこまで取り入れられるのか、その挑戦を今後も続けていきたいと思います。

山田:今日は本当にありがとうございました。

■ご参考■
KUSKA http://www.kuska.jp/

ブラたまEYE ~編集後記~

博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「志」をいかに「形」に昇華していくかという視点で、「KUSKA」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えていきたいと思います。
【形】ブランド・マネージャーには、サーファー型マインドセットが必要だ
緻密に美しく織り上げられたネクタイと、工房での丁寧な仕事の様子を見て、また、「500回は失敗した」という言葉をうかがって、私はマーケティングの泰斗、セオドア・レビットが1963年に発表した論文『Creativity Is Not Enough』を思い出しました。レビットはこの論文で、「アイデアを夢想しただけで現実にイノベーションを成し遂げた気分に浸って」しまうこと、「斬新なアイデアを生み出すという容易(!)な仕事と、実際にイノベーションを達成するという恐ろしく困難な仕事を混同して」しまうことを戒めています。(括弧内感嘆符は筆者による追記。)
KUSKAがコンセプト(志)として掲げているのは「昔の織り技法で今のライフスタイル」という言葉です。ストレートで明快。伝統的な技術、過去から継承した資産を持つブランドの担い手の誰しもが考えていることでしょう。ただ、こうした言葉で表現されるアイデアやビジョンと、それを実際の商品として形にするまでとには、レビットが指摘するように大きな距離があるのだと思います。言葉をどう形にしていくか。そのことの難しさと大切さをKUSKAというブランドは教えてくれる気がします。
粘り強く、あきらめずに、試行錯誤していく。KUSKAにそれができる理由について取材チームで話し合っていたら、あるメンバーがこんなことを指摘してくれました。「楠社長のものづくりの姿勢は、サーフィンと通じるところがあるかもしれない。私もちょっとサーフィンをかじるけれど、サーフィンって、波がぜんぜん来なかったりコントロールできなかったり、人間の力ではどうにもならない部分がある。ある部分では、自然の力に委ねて、楽しめるタイミングを待つ。そういう姿勢が、織り機の上でデザインをし、優れたデザイン、気持ちのいい製品が生まれてくるまでを粘り強くやり続けることにつながっているのではないか…。」
ビジネスの世界では、ややもすると合理的に、正しいことを積み上げていけばよいものができるような錯覚がある。もちろん真面目にコツコツと論理を積み上げることは重要です。けれども、ブランディングという多分に感性的な面が重要になってくる事柄においては、五感や自然に身を委ね、波を待つサーファーのようなマインドセットで「ブランドを輝かせてくれる時がやってくるのを待つ」ということも大切なのかもしれない。そんなことを考えさせられた楠社長との対話でした。

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★バックナンバー★
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ブランドたまご 第2回 / 擦る、香る。五感マッチ 「hibi」
ブランドたまご 第3回 / ひと口食べればもう家族「トラ男米」
ブランドたまご 第4回 / 朝食にLOVE&PEACEを。「HAPPY NUTS DAY」
ブランドたまご 第5回 / 二百年の、技が咲く。「フラワーボール」
ブランドたまご 第6回 / おばちゃんメイドのお茶目お茶。「さぬきマルベリーティ-」