WEB・雑誌の編集者、TV・ラジオのプロデューサー・ディレクター等のメディア・キーパーソンと連携し、ニュース性の高いコンテンツを開発するプロジェクトチーム「tide(タイド)」。tideチームリーダーの川下和彦が、時のメディア・キーパーソンの方々と「潮流のつくり方」を語るシリーズです。

前編に続き、川村元気さんに、小説というアウトプットに込める思い、世の中を動かすコンテンツづくりのコツなどについてうかがいました。

コントロールできないものの象徴としての「猫」

川下:ちなみに川村さんの作品には必ず猫が出てきますよね。「世界から猫が消えたなら」では「キャベツとレタス」という名前の猫だったり、「億男」では「マーク・ザッカーバーグ」で今回は「ウディ・アレン」。こうした猫たちって、作品の中ではどういう存在なんですか?

川村:実はすごく映画表現的に登場させているんです。登場人物の間に緊張感があるとき、猫がふっと入ってくると、なんというかバランスが崩れる。赤ちゃんを泣かせたりもそうですが、要は、人間がコントロールできないものの象徴なんです。恋愛感情や死と同じで。

川下:そうなんですね。犬じゃなくて猫なんですね。

川村:犬はコントロールできますからね(笑)。

川下:それから、『四月になれば彼女は』では「12ヶ月」で構成が区切られていましたが、どういう意図があったんでしょうか。

川村:自分に対しての縛りのようなものかもしれません。今回は同名のサイモン&ガーファンクルの「四月になれば彼女は」という曲があって、それをタイトルに恋愛小説を書くと先に決め、そこに向かって書こうとした。4月に男が“彼女”と出会い、5月、6月、7月と愛を育むけれど、8月に不穏になり、9月には別れてしまうという歌詞なんですが、なんで4月から9月の間しか描かれていないんだろうと。ずるいなと思った。本当に大変なのはそこからの残り半年じゃんって(笑)。現実では、ピークアウトしていく恋愛のなかで男女がどう生きるかということでしょう、人間は。

川下:まさに、そうですね。

川村:だからサイモン&ガーファンクルが9月で止めちゃった物語を、次の4月まで書きつなげば、何か答えが出るような気がしたんです。ストーリーやキャラクターの動きは自由でも、最終的には書くことが、自分が知りたかった答えを得るプロセスになるといいなと思った。

川下:面白いです。だからああいう章立てにされたんですね。

「逆説」が物語になる。

川下:僕は本業のほうではプロデュース業というか、クライアントのコンテンツ制作みたいなことをやっているんですが、一方で執筆活動もしているんですね。普段やっているのは依頼したものの上がりを確認するという作業ですから、いざ書こうとすると最初は全然書けなくて。プロデューサーとクリエイター、あるいは編集者と執筆者みたいな、ある意味対極にある仕事をするうえで、自分が分離する感じとかはないですか?

川村:それが、感覚的には全然かい離はしていなくて。プロデューサーとして僕がやるのは、この映画で何を語るかを決め、そのためのストーリーテリングをどうするか、構成は、音楽は……というのを監督と二人三脚で決めていく。そして俳優の肉体、カメラマンの映像、美術、音楽などが加わって出来上がるのが映画です。小説はそれを一人の頭の中で頑張って考えないといけないという感じ。ただ、書くことについて気づいたのは、たとえば、ビルの谷間から見る空が、空気がきれいなところで見る空よりもよっぽどきれいだったりするといった描写をすると、これはもう何を書くかというよりは、何に気づくかということなんですね。それがすべてとまでは言えませんが、おそらく90%は占めると思う。
その、自分が気付いている、この世界に対して感じていること、本当はこうなんじゃないかということを物語にして、必死に身を削り、答えを探しながら書くというのが小説の作業だと思う。その答えが、読者の潜在的に抱いていた感覚に的中したときに、大きなうねりが生まれるのかなと。
でも、映画屋としては不安でしかないです。小説を書くときはラストシーンが決まらないのにクランクインしちゃう感覚なんです(笑)。でもそこで生まれる不思議な脱線とか、自分でも予期しないキャラクターの動きとかに、自分で驚きながら書くことが、読者にとっても驚きになるわけで。

川下:ラストが思いつかなかったらどうしようという恐怖感、ドキドキはずっと抱えながら書かれたわけですね。

川村:本当に怖いんです。『四月になれば彼女は』のラストシーンでは、主人公を乗せたタクシーがなぜか目的地のかなり手前の“あそこ”で止まって5キロくらい歩くことになる。でもあの5キロがないと、ラストの結論にいかないんですよ。

川下:決めていたわけではなかったけど、なぜか頭の中でタクシーが止まったんですね。なんでしょうね、そういうのは。

川村:それは本当に、自分でも面白いなと思う。“計算されているものはたいして面白くない”ということをひしひしと感じる作業です。小説を書くというのは。

川下:そこの奇跡的というか、自分でも予期しない無意識のつながりみたいなのが出てくる背景には何があるんでしょうかね。たとえば前回ゲストで登場してくださったトランジットジェネラルオフィスの中村さんは、「ひたすらインプットする」ことが大事だとおっしゃっていました。川村さんの脳内にはたくさんの映画を見たりさまざまな人に取材したりすることで蓄積されたものがあって、無意識の編集装置みたいなのがあり、そこから自分でも気づかない答えを編集されて生まれてくるという感覚なのでしょうか。

川村:そうですね、やっぱり順接でできているものって面白くないんですよ。「夏は暑い」って全然面白くないけど「夏なのに寒い」となると物語になる。先ほどの精神科医の話もそうですが、僕らは、精神科医だったら当然恋愛の問題を解決できるだろうと思うわけですが、「いや、自分の問題は解決できませんよ」と言われて、えっと思う。それは逆説だから物語になるんですよね。だからやっぱりいろんなことを体験して、人に会って話を聞いてということを通して初めて本物が出てくるというか。仮説はたいして面白くないですよ。仮説を裏切られたプロセスを、今回の小説では書き続けたのかもしれません。

川下:手掛けている映画が何本も走っていて夜には小説執筆もされていて、相当お忙しいわけですが、どうやって時間をつくっているんですか?

川村:『仕事。』という対話集で、宮崎駿さん、坂本龍一さん、糸井重里さんら、大先輩方12人と対談したときに、僕なりに60代70代でも現役でいることにすごく憧れたんですね。ずっと最前線で活躍し続けることに。その続編として理系人たちと対話した『理系に学ぶ。』でたとえば佐藤雅彦さんみたいな方に会って思ったのが、ああ寝る時間を短くすれば働く時間が増えるなと。でもこのままのペースだといよいよ死んでしまうなとも思って(笑)。それで来年からはペースを落として、これも映画的な編集かもしれませんが、完全な空白状態をわざとつくろうとしています。そこからまた予期しなかった何かが出るかもしれないなと。

川下:面白いですね。川村さんは、人生を編集されていますね。次、小説ではどこに向かわれるのかを聞きたかったんですが、しばらく無になられるということですか?

川村:いや、実は次に書きたいことがもう決まっているんです。人間にコントロールできないものの4つ目を見つけたんです。それは「記憶」なんですね。それで、痴呆について取材を続けています。僕は、人にとって一番残酷なことは死ぬことだと思っていたんですが、実は生きながら愛する人を忘れていくことが一番残酷なんじゃないかと思った。それを書きたいと思っています。
それから人工知能についてもずっと興味がある。もし僕が脳死して、そこに人工知能が移植されてもそれは僕とは思えない。でも体がロボットになって、僕の記憶が移植されたらそれは僕なのかもしれない。何をもってその人とするのか、人間の記憶をめぐる物語を……そこにおそらく恋愛や家族や震災を全部入れていって。

川下:それは絶対面白いですね。膨大な量の取材をされているんでしょうね。

川村:やっぱり自分がわかったつもりでいることって、全然自分で感動できませんからね。

川下:次回作の構想までうかがえて、期待が膨らみます。新作『四月になれば彼女は』に込められた思いや裏話、川村さんの作品づくりに対する姿勢やお考えをたっぷり聞かせていただきました。今日はありがとうございました!

<終>

川村元気
映画プロデューサー、小説家

1979年生まれ。映画『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』、本年は『君の名は。』『怒り』『何者』を製作。2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年に初小説となる『世界から猫が消えたなら』を発表し130万部突破のミリオンセラーとなる。2014年に2作目となる『億男』を発表。その他の著書に、宮崎駿、坂本龍一ら12人との対話集『仕事。』、理系人たちとの対話集『理系に学ぶ。』、ハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議集『超企画会議』などがある。
2016年11月4日、3作目となる『四月になれば彼女は』を上梓。

四月になれば彼女は
川村元気・著

4月、はじめて付き合った彼女から手紙が届いた。
そのとき僕は結婚を決めていた。愛しているのかわからない人と。

天空の鏡・ウユニ塩湖にある塩のホテルで書かれたそれには、恋の瑞々しいはじまりとともに、二人が付き合っていた頃の記憶が綴られていた。
ある事件をきっかけに別れてしまった彼女は、なぜ今になって手紙を書いてきたのか。時を同じくして、1年後に結婚をひかえている婚約者、彼女の妹、職場の同僚の恋模様にも、劇的な変化がおとずれる。
愛している、愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。けれどなぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去っていってしまうのか――。
失った恋に翻弄される12カ月がはじまる。
特設サイト:http://hon.bunshun.jp/sp/4gatsu

川下和彦
博報堂 tideチームリーダー

2000年博報堂に入社。マーケティング部門を経て、PR部門にてジャンルを超えた企画と実施を担当。自動車、食品・飲料、IT、トイレタリーなど、幅広い領域で大手クライアント業務を手掛ける。「tide(タイド)」を発足後、積極的に社外のコンテンツホルダーと連携し、幅広いネットワークを持つ。著書に『勤トレ 勤力を鍛えるトレーニング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。