「HAPPY NUTS DAY」契約農家のピーナッツ畑にて。左から、今回取材にご協力いただいた中野剛さん、博報堂ブランドデザインの加藤由佳。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第4回に登場するのは、千葉県九十九里の特産品・落花生を使った上質なピーナッツバターを届けている、「HAPPY NUTS DAY」代表の中野剛さん。美大を卒業後、元は広告会社で働いていた中野さんの、本ブランド立ち上げの背景や込めた想いとは――。
今回の聞き手は、初登場の博報堂ブランドデザイン・加藤由佳。「HAPPY NUTS DAY」のピーナッツバターの大ファンである彼女が、中野さんを訪ねました。

スケボー友達と遊びで始めたピーナッツバターづくり  仲間が集まり、トントン拍子で商品化へ

「HAPPY NUTS DAY」は、2013年7月、中野さんがスケボー仲間たちと立ち上げたピーナッツバターのブランドです。一つ一つ丁寧につくられるそのピーナッツバターは香り高く、原材料も千葉県産の落花生と九十九里の海塩、北海道のてんさい糖のみというこだわり。商品は、WEBサイトで販売されているほか、現在全国130以上のレストランやフードショップにて展開されています。
特徴的なのは、営業活動をほとんどせず、FacebookやInstagramなどのSNSを通じてお客さんに発信し、繋がっていること。また、障害者雇用や農業体験など、本ブランドを通じた社会活動にも取り組まれています。


「HAPPY NUTS DAY」のピーナッツバター。パッケージのデザインも中野さんが担当したそう。

加藤:「HAPPY NUTS DAY」のピーナッツバターは、友人にもらって以来大好きなんです。素朴で奥深い味わいで、おいしい!って。どういう経緯で、しかもなぜピーナッツバターなのかも気になるんですが、きっかけを教えていただけますか。

中野:本当にもう、コメディみたいな流れなんです。一緒に立ち上げた相方が僕のスケボー仲間で、その彼がもともと九十九里の農家の育ちだったんですね。大学卒業後、彼は九十九里に貢献する仕事がしたいと言って、地元で農業を始めました。あるとき、彼が「九十九里の特産品の落花生がいっぱい余っている」と悩んでいて、じゃあ一緒にピーナッツバターでもつくる?と軽い気持ちで集まり始めたんです。
本音を言うと、ピーナッツバターづくりは好きな仲間で集まる理由にしか過ぎなかったんですよ。だから、スケボーした後にみんなでそいつの家へ行って、ピーナッツをフライパンで炒めて、それを母ちゃんに借りたすり鉢で摩ってとやっているのが楽しくて。そのうちに、単に仲間で楽しんでいたのが、「これ、なんかおいしくない?」「売ってみる?」という話になって。道の駅で売り出したんです。ペラペラのプラスチックのパッケージに、ミキサーでつくったやつを入れていました。
当時僕は広告会社でアートディレクションの仕事をしていたので、平行してこの活動を続けていたのですが、あるとき久しぶりに会った別のスケボー仲間の先輩に「俺もピーナッツバター作りの仲間に入れて」と言われ(笑)。その1週間後にもう一人会った高校時代の先輩にも「俺も入れてくれ」と言われ…。実はこの2人が経営の経験者と会計監査の人だったので、じゃあもう会社にするかと、勢いで立ち上げたんです。

加藤:トントン拍子に話が進んだのですね。広告のアートディレクターがピーナッツバター屋さんになるというのは、すごい決断のような気がするんですが…。

中野:そんなに力んでなかったです。「楽しそうだし、やろうよ」みたいな感じでした。

加藤:なるほど。そこからは、どうやって会社を展開されていったのですか。

中野:転機になったのは六本木ヒルズで行われた「スヌーピー展」です。たまたま友人から、「スヌーピー展」の物販のメインでピーナッツバターを出そうと思っている社長がいる、と紹介されたんです。実際に会い熱意を伝えたところ、「5,000本つくれるか」って言われて。手作業だった当時は無謀な数だったんですが、「大丈夫です!」って言いました。「じゃあよろしく」って言われてから、急いで仲間と「どうする?!」って(笑)。で、急ぎ工場を探しました。なんとか見つかり、3か月で3万本売れたんですよ。その結果、食べてくれた方が「うちにも卸してほしい」と声をかけてくれて、そこから正式に商品化を始めた形ですね。

加藤:地元産を使った商品って全国でいくつもあると思うんですが、工夫されたことはありますか。

中野:僕らの思いを言葉にすることですね。「大好きな場所で、大好きな仲間と大好きなピーナッツを、世界の誰にも負けないクオリティーでお届けします」というコンセプトを掲げ、伝えていました。こうした僕らの思いに応援の気持ちで卸を開始してくれた方々も多かったですね。例えば初めに取扱いを開始してくれたのが、原宿のeatripというレストランの野村友里さんというフードディレクターの方。当時野村さんにも、とにかく自分たちの仲間やピーナッツへの愛を伝えました。すると「立場上いろんな売り込みがあるし、おいしいものにもたくさん出合うけれど、“君たちと”仕事をしたいと思った」とおっしゃってくださって。僕らが思っていることをまっすぐ言葉で伝えたからこそ、賛同してくれる人たちとつながり始めたのかなと思います。

お客さんは同じピーナッツバターを愛してくれる共通の仲間

加藤:取り扱い店舗が130以上に広がっていらっしゃるとのことですが、現在営業活動はされていないと伺いました。

中野:そうなんです。僕らは人数が少ないので、新しいところを取りにいくより好きになってくれた人に何ができるかを常に考えています。

加藤:なるほど。SNSの活動に重点を置かれているのもその理由からなんですね。拝見すると、お客さんの「おいしい!」といったコメントが日常的に見られました。また、ミスで想定以上の量の商品を作ってしまったときも、それを素直に投稿されて、たくさんのお客さんが買ってくれていたり。発信して、みんなが応援するといった、お客さんとの関係性が素敵だなと感じます。どのように築かれていったのですか。

中野:築いていったというより、初めからお客さんも卸先さんも、共通のものを好きでいてくれる仲間みたいな感覚でいます。お客さんに「おいしい」って言われたら、「そうだよね、僕もそう思う」っていう感覚なんです。共存という言葉が合うかもしれませんね。もともと「HAPPY NUTS DAY」の提供価値として、ピーナッツバターで人々を輝かせるとか人生を彩るとか、そういう目標は一切かかげていないんです。なんでもない一日を少しだけでもハッピーに出来たら、というぐらいの思いなので。

加藤:お客さんとのつながりでいうと、ネットで販売するときに、紙袋に手書きで「ありがとう」と書かれていますよね。最初はご自身がやられていて、今は障害者の方が担当されていると伺いました。どういった経緯だったのですか?

中野:僕らはお店を持たないので、お客さんに「ありがとう」って言えないのがすごく寂しかったんですね。なので、せめて手書きで伝えようと毎日やっていたんですよ。
ただ、量が増えて追いつかなくなってきて。でも、代行業者にお願いすることはできても、もともと愛を持ってやっていた行為なので、タスクとしてやってほしくない。そこで何かないかと探していた時に、障害者雇用の選択肢を紹介されました。
最初、「字は書けない」と言われたんですね。「じゃあ、ちょっと考えます」と保留したのですが、次に伺ったら、机にびっしり「ありがとう」の練習をした跡があって、実際に書けるようになっていた。これはぜひご一緒させてくださいとお願いをしたんです。今ではみなさん袋が取り合いになるくらい熱心に手がけてくれています。代行業者にお願いしたほうがスピードは上がるのですが、思いをこめて手がけてくれているのが嬉しいので、お客様に「早く納品して」と言われても「今は難しいです」と言っています。

加藤:なるほど。関わられているすべての方が「HAPPY NUTS DAY」の大事な仲間なんですね。

昔から培われた価値ある産業の魅力を、リデザインして伝えるのが使命

加藤:「HAPPY NUTS DAY」として、中野さんはご自身の役割をどのように考えていらっしゃいますか。

中野:ピーナッツバターを作り始めてから思うようになったのですが、今の時代、農家さんって自分たちの価値の高さを世の中に伝えることにとても苦労しています。これは農業に限った話ではありませんが、昔から培われてきた価値ある産業が、現代版にアップデートされていないだけで衰退の道をたどっているのをよく見かけます。だから、そこに何らか力を割くことは、僕ら世代の使命なんじゃないかと思っています。「HAPPY NUTS DAY」でいうと、農家さんは研究に研究を重ねておいしい落花生を何百年つくってきて、もともとは茹で落花生や煎り落花生が当たり前のようにお土産や家庭で食べられていた。でも、それでは今はあまり食べられない。ピーナッツバターは、落花生の食べ方を時代の変化に合わせて進化させた結果なんです。
最近はピーナッツバターの活用法もいろいろご紹介しています。日本で初めてのピーナッツバター専門本も出しました。

加藤:農業体験もされていると伺いました。

中野:はい、今年から始めました。種まきに160人を呼んだのですが、一番喜んだのが契約農家のじいさんたちなんですよ。ふだん都会にいる子たちが土を踏むだけで大騒ぎしているのを見て、そのじいさんたちも「僕たちの仕事ってそんなに楽しかったのか」って。いい摩擦が起きるんですよね。だから、じいさんたちも最近いきいき農業をしています。これ、「スクールオブピーナッツ」という仕組みなんです。実際に蒔いた種がピーナッツバターになるまで、どういう成長を遂げて、農家さんたちがどういう苦労をしているのかを2週間に1回メールで配信し、最後にはピーナッツバターに加工してお届けします。食育の価値も感じて、家族連れの方が参加してくれますね。今後、いろんな農家さん達みんなが真似するぐらい、いいモデルをつくれたらいいなと思っています。

惚れさせた相手は、責任を持って惚れさせ続ける  仲間が確信を持てるビジョン策定を目指して

加藤:「HAPPY NUTS DAY」ですが、今後の展望はいかがですか?

中野:そうですね。基本は、今こうやって好きになってくれた人たちが、生涯つき合っていきたいと思い続けてくれるか、ということからブレずに考えていきたいですね。ブランディングって惚れさせることだと思うんです。惚れさせた相手を惚れさせ続ける責任があると思うので。

加藤:かっこいいですね。

中野:あとは、今後「HAPPY NUTS DAY」が具体的にどんな理想図を描いて前に進んで行くかということを、従業員にクリアにしていきたいなと思っています。なので今、日本全国で魅力的な活動をされている方に会ったり、いろんな景色を見に行くといったことに時間を費やしています。風が吹けば簡単に飛んでいきそうな、こころに響かない社長挨拶がすごく多いじゃないですか。そうではなく、同じものを好きになっている会社の仲間に対し、誠実に、自分が確信を持てるビジョンを持ちたいと思っているんです。同じベクトルを持ち続けるために。
最終的には、日本の地場産業の、若手が立ち上げたブランドの中の理想像になれたらと思います。それは、単純に金額的な売上というよりは、持っている理想や社会への貢献度という意味ですね。僕は、美大で学んだアートディレクションやデザインって、魔法のような力だと思うんです。その能力を何に使うべきかもっともっと考えて、価値のある使い方をしたいなと思います。

加藤:素敵ですね。これからのさらなる活躍に期待しています。今日はありがとうございました。

■ご参考■
HAPPY NUTS DAY http://happynutsday.com/

ブラたまEYE ~編集後記~

 博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「志」の視点で、「HAPPY NUTS DAY」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。

【志】「小さいけどほんとうの想い」は、人を動かす

 対談の中で中野さんは、こう言っていました。「ピーナッツバターで人々を輝かせるとか人生を彩るとか、そういう目標は一切かかげていないんです。なんでもない一日を少しだけでもハッピーに出来たら、というぐらいの思いなのです」。
ブランドの“ビジョン”と言われると、ついつい大げさな言葉を並べてしまいがちです。しかし、「HAPPY NUTS DAY」のビジョンは、「大好きな仲間と、大好きな場所で作ったこの自信作で、食べた人のなんでもない一日を、少しでもハッピーにする」という、とてもシンプルで、とても身近なものでした。大それた事は言わない。だけど、本当に思っていることだから、確実に実現する。そんな中野さんの姿勢が、HAPPY NUTS DAYの「らしさ」となり、積極的に営業をかけなくとも自然と応援してくれる人が集まるのだと思います。そして、売上だけでなく、ピーナッツカテゴリー全体の活性化や、農業価値の可視化にまで広がっているのだと思います。
事業やブランドの規模が大きくなるにつれて「すべき」ことの比重が増え、「○○したい」を見失ってしまう事がよくあります。しかし、単なる数値目標や、抽象的な言葉で作られた「血が通わないビジョン」ではなく、腹落ちする「小さくても本当の想い」を築くこと。そしてそれを責任もって実現させていくこと。その積み重ねが、世の中を動かす強いブランドになっていくのではないでしょうか。

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★バックナンバー★
ブランドたまご 第1回 / おめかし八ッ橋 「nikiniki」
ブランドたまご 第2回 / 擦る、香る。五感マッチ 「hibi」
ブランドたまご 第3回 / ひと口食べればもう家族「トラ男米」