四条木屋町のnikiniki店舗前にて。左から、今回取材にご協力いただいた鈴鹿可奈子さん、博報堂ブランドデザインの阿部成美。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザイン若手メンバーが中心となって話をうかがう連載対談企画です。
第1回に登場するのは、京都土産の定番・八ッ橋の新ブランド「nikiniki」をプロデュースする、株式会社聖護院八ッ橋総本店専務取締役の鈴鹿可奈子さん。320年以上続く老舗の家系に生まれ育った鈴鹿さんの、本ブランド誕生に込めた想いや誕生の背景とは―。
今回の聞き手は、博報堂ブランドデザインの阿部成美。大学時代は京都に在住、鈴鹿さんの大学の後輩でもある彼女が、憧れの鈴鹿さんを訪ねました。

地元京都の方に八ッ橋を食べてほしい―。 「土産」の記号をなくし、新たな八ッ橋の食べ方を提案

「nikiniki」は、京都で320年以上八ッ橋を提供している老舗和菓子店「聖護院八ッ橋総本店」の新ブランド。新しい八ッ橋の食べ方を提案するブランドとして、2011年3月に生まれました。京都は四条木屋町・京都駅に2つの単独店舗を持ち、八ッ橋・生八ッ橋の味や食感はそのままにしながらも、従来の八ッ橋とはイメージを異にしたカラフルでキュートなお菓子を提供しています。これらのお菓子は、お持ち帰りはもちろん、その場でいただくことも出来ます。これまでの八ッ橋とは違い、賞味期限が短く、中には当日限りのものもあるそう。

nikinikiが提供するカラフルでキュートなお菓子。写真は、看板商品の「カレ・ド・カネ―ル」。生八ッ橋と数種類のあんまたは果物・野菜のコンフィなどとの組み合わせを選べる。

阿部:nikinikiの四条の店舗が出来たのは、ちょうど私が在学中でした。よく訪れるエリアだったので、すごく可愛いお店ができたぞと興奮した記憶があります。
最初は、それが八ッ橋だと気がつきませんでした。後日お店を訪れた時に、あ、聖護院八ッ橋さんのお店だったんだと知ったんです。nikinikiを立ち上げられたきっかけをお教えいただけますか?

鈴鹿:一番は、地元京都の方に八ッ橋を食べていただきたかったからでした。八ッ橋って、他府県の方は「よく食べる」「お土産に必ず買う」って言ってくださるんですけれど、ずっと京都で過ごした方は「ああ、観光客向けのお菓子ね」って一歩引かれることが多かったんですね。でも、渡したら「おいしい」と食べてくれる。
私自身は八ッ橋をずっと食べて育ちました。学校帰りにはランドセルを背負ったままお店へ寄って、試食させてもらったり。それぐらい大好きで傍にあったお菓子なんです。
で、どうしたら京都の方に食べてもらえるかなと思ったときに、ずっと私が配って歩くわけにはいかないので(笑)、八ッ橋からお土産の記号をなくしてしまおうと考えました。阿部さんがおっしゃったように、パッと見たときに「八ッ橋屋さん」と思われないような商品づくり・店構えにチャレンジしたんです。
もうひとつ、生八ッ橋に合う食材やアレンジの “幅”を紹介したいという思いがありました。nikinikiで最初に提案したのは、カレ・ド・カネールという商品です。生八ッ橋とリンゴのコンフィを組み合わせたもの。実はこの組み合わせ、母が昔、私が小学校のときにプロデュースしていた店で提案していたものだったんですね。このおいしさを知っていたこともあり、生八ッ橋の組み合わせの可能性はもっとあるはずだと、そこからブルーベリーやトマト、キンピラゴボウなどいろんな提案が生まれていきました。

nikinikiは八ッ橋・生八ッ橋を知ってもらうための手段。構想の原点は小学生頃から!

阿部:nikinikiの構想を思いつかれたのはいつ頃ですか。

鈴鹿:具体的に考え出したのは2010年の夏ぐらいからですね。でも、そもそもで言うといつ考え出したかわからないぐらい前なんです。「ハート型の生八ッ橋が欲しい」って私が言い出したのは小学生の頃でしたし。おいしい八ッ橋をもっと可愛くしたい、人にあげるならこうしたいと、ずっと思っていたことが集結したのがnikinikiですね。

阿部:聖護院八ッ橋総本店とは別ブランドにされた経緯はどういったものだったのですか。

鈴鹿:最初は特にその気はなかったんです。社内で話を進める中で、若い人により気軽に楽しんで欲しいねと、結果的に分けました。でも、今nikinikiのお菓子をつくっている人は聖護院八ッ橋の商品もつくっていて、完全に一緒にやっているんですよ。nikinikiは新しいことをしたと言われがちなんですが、私も会社も全くそう思ってないんです。阿部さん、「八ッ橋」と言われて、最初に頭にイメージするのはどんなものですか?

阿部:うーん。やっぱり餡入りの三角形の、生八ッ橋ですね。

鈴鹿:そうですよね。みなさんそうおっしゃいます。でも、実は固い焼菓子の方の「八ッ橋」がそもそもの八ッ橋なんです。そっちの歴史は327年。「生八ッ橋」は1967年からなので、まだ100年もたっていないお菓子なんですよ。「生八ッ橋」を開発した昔の方は、何か新しいことを打ち出そうというよりも、八ッ橋の定義の中で今の時代の人により食べてもらえるものをつくろうという思いだったと思うんです。nikinikiも同じ。使っている八ッ橋、生八ッ橋は、聖護院八ッ橋総本店のものですし、私の中では、聖護院の八ッ橋、生八ッ橋を知ってもらうために手段としてnikinikiブランドがあるという感じですね。八ッ橋の本質は変えない、あくまで“入口”の一つなんです。

阿部:なるほど。nikinikiは、今の時代に合った「八ッ橋」を表現した結果なのですね。

忘れ去られた日本の季節や習慣をリアルタイムで感じてほしい― nikinikiのこだわり

阿部:特にnikinikiとしてこだわっている部分は、どのようなところですか。

鈴鹿:前提として、いわゆる上生菓子屋さんの領域を侵さないようにしています。その分野にずけずけと土足で入るようなことはしたくないので…。あえて上生菓子屋さんがふだん表現しないようなことをしようと思っています。具体的には、できる限り今の時代が注目しているモチーフを取り入れるようにしていますね。ハロウィンなど、海外のイベントもできる限り反映させますし。
ただ、モチーフに関しては、もともとの日本の風習を可愛い形であらわすことも心がけています。例えば節分のときの「方相氏(ほうそうし)」ってご存知ですか?節分の追難式にて鬼を退治する役目を持つ神様(もしくは、その面を被った役人)のことなんですが、知らない方が多いので、nikinikiという若い方向けのブランドを通じてそういうモチーフを表現したんです。「これ何なの?」とお客さんに聞かれたら、「方相氏っていう神様なんですよ。今も吉田神社の節分祭では方相氏が出てきますよ」と、説明するんです。

阿部:確かに、現代では抜け落ちてしまっている部分ですね。

鈴鹿:そうなんです。お花にしても、今はもうどこでもいつでもいろんなお花が手に入るので、この季節のお花はこれだよというのを再認識してもらえるように「季節のお花」にこだわっています。例えば桜の花のモチーフを出すとき、何月何日から何月何日というのを決めずに、本当に桜が咲いている時期だけにするんです。急に散ってしまったら、じゃあ明後日からは違うお菓子に変えましょうと。
これって少量生産のnikinikiだからこそできる挑戦なんです。意味とともにちゃんと季節をリアルタイムで楽しむという習慣が、お菓子を通じて若い人に伝わったらいいなと思いますね。


nikinikiが提案する季節の生菓子。特別に秋仕様で作っていただきました。

1番に考えるのは、「100年200年先まで存続できるブランドかどうか」 。京都の老舗の活動に、未来へのヒントがある

阿部:お話をお伺いしていると、鈴鹿さんの、もともとの京都、また日本の風習に対する敬意をすごく感じます。

鈴鹿:特に最近になってからですね。古いものを大事にしようというより、そういうところにこれからの未来のヒントがいっぱいあるんじゃないかと思っているからなんです。

阿部:おもしろいですね。

鈴鹿:そうなんですよ。これはよく言われるのですが、京都でお商売をしていくなら、ゴールは100年後、200年後に会社があるかどうか。そして、八ッ橋というお菓子があるかどうかなんです。戦略を立てる際にまずそこを考えるんですね。そういうことを当たり前にしてきた京都の老舗の活動の中に、これから世界でも日本の会社のユニークさを出していくヒントがあるんじゃないかなと思うようになったんですね。

阿部:すごく共感します。ブランディングにおいても、この会社がお客さまと長くいい関係を築いたり、愛され続けることを考えるのが大切だと思っていて。ただ、どうしても商品の売上といった目前の目標がある中、なかなかできることじゃないと思うんです。特に100年後が自分にとっても現実的じゃない中で、考えるのは難しいですよね…。

鈴鹿:私たちは、現実的でないと全く思っていないんですね。当たり前のように100年後の話をしますし、100年前の話もついこの間のことのようにする風土があるので。
この間もちょうど今なくなって百九十年になる祇園祭の鷹山(山鉾)の話をしていたのですが、私たちはそれを「休んでいる」としか表現しないんですよ。「お休み」なんです。

阿部:わぁ、シビれますね(笑)。

鈴鹿:自分の子どもや孫がそのとき家業に関わっているというのが大きいかもしれませんね。何か未来のことが身近なんです。

阿部:なるほど。伝統って、ある種重みになることもあると思うのですが、鈴鹿さんのお話を伺うと、まるで当たり前のバトンのように過去から未来へつなぐ意思を感じます。素敵ですね。

鈴鹿:最初の頃は、歴史がある会社というのが重荷だったんですけどね。ただ、今はその歴史があるからこそいろいろな挑戦が出来ると感じていて、プレッシャーじゃなくて「支え」になっている。そこはnikinikiを立ち上げてからの転機かもしれないですね。

時代の流れに合わせ、柔軟に変化する。変わらないのは、お客さまが受け取る「おいしさ」

阿部:私たちも、ブランディングに取り組む中で、既にすばらしいものでも、それを守るためにはある程度価値をアップデートしていかないと長い時代つないでいけないと感じています。最後に、先ほど「nikinikiは八ッ橋の本質を変えていない」というご発言がありましたが、ここは変えていないという部分と、時代に応じてここは大きく変えたなという部分をあえてあげていただくとしたら何になりますか。

鈴鹿:nikinikiというより聖護院八ッ橋総本店としてなのですが、うちは「味は伝統」という言葉を掲げていて、変えないのは味そのものではなく、食べたときのお客さまの「おいしい」という受け取り方なんですよ。味覚って時代によって変わると思うんですね。例えば江戸時代においしかったものを今私たちが食べたら「エーッ」て言うと思うんです(笑)。
もちろん、八ッ橋の定義が米粉とお砂糖とニッキなので、そこは変えません。その中で常に一番「おいしい」八ッ橋をつくっています。ただ、形や色などは、お客さまの食べるきっかけが拡がるなら、さまざまに変えていきます。

阿部:なるほど。今後のnikinikiの展望はいかがですか。

鈴鹿:そのときそのときにお客さまが食べたいと思うものを表現してつくっていけたらなと思いますね。nikinikiの形態ももしかすると、今のようなものではなく、時代に合わせて変わっていくかもしれないですね。

阿部:今日は本当にありがとうございました。

■ご参考
聖護院八ッ橋総本店 http://www.shogoin.co.jp/

ブラたまEYE ~編集後記~

 博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「志」の視点で、「nikiniki」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。

【志】未来のヒントを見つける歴史の振り返り方

 「100年後」と言うと、遠い未来のことのように感じてしまいますが、鈴鹿さんは普段から100年後を身近に考えていると聞いて大変びっくりしました。
確かにnikinikiは「何でもいいから新しいことをやろう」と思っていたら生まれることはなかったブランドのように思います。「大好きな八ッ橋を100年、200年先の人にも食べてほしい。」そんな素直を気持ちが原点にあるからこそ、nikinikiは生まれたのだと実感しました。
そんなnikinikiからは、これまでの伝統に対する敬意も強く感じられます。日本の風習や四季をリアルタイムに表現することなど、伝統をうまく取り入れることでnikinikiの魅力は作られています。では、どうして鈴鹿さんはこのように敬意を持って伝統に向き合うことが出来たのでしょうか。
nikinikiを展開する中で、伝統は重荷ではなく支えと感じられるようになったと言います。「大好きな八ッ橋をこの先も」と考え続ける中で、伝統は自分と同じように八ッ橋を大好きな人が同じ思いで行ってきた活動の積み重ねと思えるようになったのではないでしょうか。自分と同じ思いの先人の取り組みと考えると、その意図や大切にしていた価値観を振り返ることはこれからの活動にも役立つ知恵となるように思います。
ブランディングにおいても、過去の取り組みに立ち帰ることがよく主張されます。その際、歴史を単に既成事実と捉えるのではなく、そのブランドを自分と同じ思いを持つ先人の取り組みの積み重ねと捉えて見てください。そしてその取り組みの意図や大切にしてきた思いについて一歩踏み込んで考えて見てください。nikinikiのように、これからのブランドの魅力になるような未来のヒントが見つかるかも知れません。

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