博報堂人が、社会テーマや旬のトピックスを題材に、生活者の暮らしの変化を語る対談企画「キザシ」。
春、新生活のタイミングで公開の第三回目は、博報堂研究開発局・手塚豊(てづか・ゆたか)と博報堂人材開発戦略室・田村寿浩(たむら・としひろ)が、「生活基点で見る働き方」をテーマにこれからの生活者の働き方について語ります。

会社より、「自分」を先に名乗る時代

手塚:研究開発局では「KOTOBAOLOGY(ことばオロジー)」と名付けた、「ことば」に反映された集合無意識から社会を読み解くという、「ことばの考現学」とでもいうような研究を行っています。その最新成果として、1960年代から現在に至る仕事と会社と社会の関係変化を洞察した「会社 社会」というレポートを発表しました。高度成長時代の日本では、1971年の「日本株式会社」ということばに象徴されるように、国全体がいわば会社だったわけですね。自分が会社で頑張れば日本が豊かになるんだと信じられたわけです。ところが第一次オイルショック以降、だんだんその秩序が維持できなくなってきて、ある意味で会社が自己目的化していっちゃうわけですね。その結果、社会の中に一枚岩じゃない認識の不一致というのが出始め、会社が揺らぎ始める。「成果主義」(1999年)は会社の革新という見方もできるのですが、会社のそれまでに対する自己否定だとも言えるわけですよね。会社が、年功序列はやりません、リストラもします、と。そうすると会社の秩序もどんどん失われていって、その象徴として「次長課長」(2004年)なんてことばが出てくる。もはやどちらが上かわからない、肩書の無効化が起こるわけです。
1980~90年代には、「フリーター」「プータロー」(共に1988年)などのことばが現れて、それに続いて「上司に恵まれなかったら」(1997年)「内部告発」(2002年)といったことばが出てきます。これはどういうことかというと、会社の中にいる人間が外の視線を持ち始めたということだと思うんですよ。やがて「カリスマ店員」(1999年)「ハケンの品格」(2007年)のような、会社の役職の枠外にいる人達の中に仕事を極めるプライドというものが生まれてきました。
そういう変遷を経ていま何が起きつつあるかというと、それまでは自分の名前を名乗る前にまず会社名を名乗っていた。それが、まず自分を名乗る、会社の前に自分がいるというふうに変わりつつあるのでは、というのが僕の見立てです。

働く人の自律のキザシは「現場」から始まった。

手塚:その象徴的な変化として、NHKの「プロジェクトX~挑戦者たち~」(2000年3月~2005年1月放映)という番組がありましたよね。あれが「プロフェッショナル 仕事の流儀」(2006年4月~)に変わった。それまでは会社で、組織で一丸となってブレイクスルーしたり課題解決したりという、会社の組織が主役だったところが、個人に光が当たるようになっているんですね。個人がどういうふうに社会と関わり合うかということが、すごく重要になっています。

田村:おっしゃるように、特にこの10年ぐらい、働く人がどんどんゆるやかに自律していった感じがあります。要は、非連続に変化が起きる、それが突発的にやってくるという予測不可能な時代になり、企業は終身雇用を約束しにくい時代になりつつある中で、まず、現場で頑張っている人達が「なんかこれ、おかしいぞ」と思い始めた。なんとなく地に足が着いている人達のほうが変化を先に感じとっていて、これから自律しなくちゃいけないと無意識に思っている感じがすると、いま、聞きながら思いました。

手塚:突発的に変化が起きるんじゃなくて、じつは従来の秩序の外側から徐々に変化が進んでいる、ということだよね。雇用形態が多様化したというのが最初の動きだったと思うんだけれども、いままでのヒエラルキーでは見過ごしがちなところに、実はすごく重大な新しい可能性が出てきているんじゃないかという気がしています。

田村:日本にキャリア論、企業内キャリア自律みたいな話が出てきたのは、たぶん2000年くらいからなんですね。博報堂も当時からその流れを汲んでキャリア研修を導入し始め、2005年に企業内大学として「HAKUHODO UNIV.(博報堂大学)」ができたとき、その支援をしっかりとやり始めたんです。ただ、様々な企業の人事の方と話をすると、他社で企業内キャリア自律支援が始まったのは2010年くらいからのようで。博報堂は少し早かったな、というが僕の印象です。

働くことを人生に重ねたとき、会社は選択肢の一つでしかない。

田村:人材育成を担当している立場として新入社員を見ていると、なぜあえてうちの会社に来たのかと、こちらが思いを巡らす社員がいたります。例えば建築などを専攻してきた人などは、建築事務所に行くのか、自分で作品をつくり続けるのか、大学院に残るのか、企業を選ぶのかと色々考えた末、企業に所属すれば一人でやるよりはスケールの大きいことができたり、世の中に対して強いメッセージを発信したりすることができるんじゃないかというふうに、冷静に選択をしてきているんですね。だから、会社で働くことを選択はしてきたけれど、実は会社にあまり頼ってないんじゃないかという感じを持ちます。

手塚:いま、色々な人に対してインタビューを実施しているんですね。その中に東大の大学院で数学を研究していた若い方がいるんだけれど、彼は日本の社会人はみんな優秀なのに数学のリテラシーが低すぎると思ったと言うんですね。そこで、社会人向けの数学の教室を新宿に開校した。そんな話があったりするくらいで、自分で何かやろうと思ったら簡単にできる時代です。起業コストというのがものすごく安くなっているわけですよね。田村さんが言ったように、会社は選択肢の一つでしかない。僕らのときには、企業の力を借りないと自分では何もできないと思ったけれど、いまの若者にはたぶんその感覚がないんですね。あるのは、魅力的な職務をオファーしてくれそうなところがどこなんだろうという感覚だよね。

田村:これが一般論的かどうかは別として、就職を自分の将来の選択肢の一つとして、非常にフラットに見て、決めて、入社して来たんだなと感じる新入社員が一定数いると。それから、「生活者のため」「世の中のため」など、博報堂のフィロソフィーに惹かれて入ってくる人も多いと感じます。「社会に貢献したい」「生活者の心を変えたい」など、ものすごく志が高い。働くことに対して自分の人生を投影したときに、何らかの手応えをしっかりと感じられるんじゃないかと想像して入ってくる人たちがいると。

手塚:会社の求心力というのは、たぶんそこにあるんでしょうね。うちにはこういうリソースがありますという話。だから、会社のヴィジョンが大事になってくるんだと思います。そのヴィジョンに対して、自分の力を発揮できるかを試している感じがします。

スキル、ナレッジ偏重思考からの脱却。

田村:若い世代の働き方でいうと、変化の時代に対して、どういう状況になっても立ちあがっていけるよう、足腰を鍛えておかなければいけないと強く思います。そういう力をどのタイミングで身に付けるのか。これまで若い世代のキャリア支援を行ってきた経験から言うと、やはり20代で色んな経験をして、本人がままならないことも体験しながら、30代ぐらいで本当に自由になっていくという姿が一番いいんじゃないかと、僕の仮説ですけれど、そう思いますね。

手塚:28歳という線を引いている企業もあるよね。28歳のときにその後のキャリアを決定する重要な試験があるとか、このまま会社に残るかを本人に問う会社もある。自分の適性なんてなかなか自分でわかるものではないので、働いてみて、周りにきちんと評価してもらって自分のオプションを定めていく、そういう考え方も成立する時代である気がします。

田村:博報堂には、多段階キャリア育成制度という、20代で3領域の経験ができる異動を伴うローテーションの仕組みがありますが、その異動時期のタイミングになると、みな、どんなスキル・ナレッジの積み重ねならいいキャリアが積めるのかという話に意識がいきがちになります。でも僕としては、この不透明な時代だからこそ、そんなスキル・ナレッジだけの思考からは脱して欲しいと思っています。もちろんそれも大事だから考えるんですが、それ以上に、思いもよらない環境の変化を20代に経験することで、そこから立ち上がる経験を積むこと。そして、そこでなぜ自分は立ち上がれたのかを、少し時間が経ってからでいいので、メタ視点で振り返ること。経験の普遍化ということなんですが、そういう営みを重ねていって欲しい。結果、どんな状況でも自分で這い上がっていけるんだという感覚を20代で持って欲しいと思っています。もともと多段階の制度の醍醐味はそこにあるかと。たいていのことが起きてもまた自分はやれるんじゃないかという自信を持ってもらえたら、何よりうれしいですね。

全ての世代に必要な、変化に対応できる柔軟さ。

田村:ミドル層の働き方に目を向けると、博報堂でも2011年から50代の社員向けに、いわばネクストキャリアを考え始めてもらう研修を開始したんですね。始めた頃は、受講者の中にとまどいみたいなものが感じられましたが、受講対象者が、年金が65歳からしか出ない方々になってからは、みなさん自分ごととして考えてくれるようになりました。40代以上のミドル世代は、会社との関係で自分の人生を捉え、生きてきた方が多いかと思いますが、これから70歳まで働くことを考えたときに、この先の働き甲斐みたいなものを自分の中につくっていくことが必要ですよね。定年後をどうするかは人それぞれだと思いますが、いずれにせよ、ある種のマインドセットは必要だと思います。特にネクストキャリアを始める場合には。博報堂の中で定年再雇用された方が「いままでの仕事の中身が続くとか、今までの心持ちが続くということでは全くない。別会社に入ったという気持ちでやらないと失敗するよ」と、再雇用を考える方へのメッセージとして言われていたのが印象的でした。

手塚:社会の中でどれだけケースが蓄積されていくかということが大事だと思うんだよね。そういったキャリアに対する前例が、いままでの社会の中にないから。同じく博報堂を定年退職した方なんだけれど、「広告の仕事はもうやり尽くした」と。そこで、ハローワークに行って「何でもやります」と書いたというのね。そうしたらハローワークから声をかけられたのは、築地場内の仲卸からの求人だったそうです。面白そうだと飛び込んで、店のホームページをつくったり、新店立ちあげの際に社員の採用をやったりと、2年間そこで仕事をしたそうです。その後は、今度はまた全く違った仕事で、マンションの管理人になられました。実際、博報堂からのセカンドキャリアとして、この仕事を選ばれる方は意外と多いそうです。「博報堂の社員として身につけてきた対人スキルなどの能力を考えると、マンションの管理人っていうのは本当にパーフェクトにスキルが生かせる仕事です」とおっしゃっていました。その話を聞いたとき、僕はものすごく気持ちが楽になった。

田村:キャリアに対してすごく柔軟ですよね。

手塚:キャリアに対するいくつかのモデルあって、それをいくつ知ることができるかということが、やはり重要ですね。たった一人のケースを聞いただけでも、僕は気持ちが楽になり、それは楽しいことかもしれないと思えた。逆に、自分は何にしがみつこうとしていたんだろう、と思えるんですよね。

田村:変化が激しく先行き不透明な時代に足腰を鍛えるという点では、その重要性は若者もミドル層も変わらない。働くとか生きることへの価値観が非常にフラットになることが必要で、それが本当の意味でのマインドセットだと思います。

働く生活者が、根底ではつながっている「単位」が重要だ。

田村:この先の働き方について考えたとき、変化の時代、多様性の時代の中で、どうやって自分が手応えを持って仕事をするか、ということが大事になってくると思います。生きていくためには、もちろんお金も稼がなくてはいけないけれど、共通のゴールがない今の世の中で、僕らは、他者比較ではなく、自分ならではの価値軸で自分の仕事や働きがいを考え、実践していくことが幸せのカギだと思うんです。実際そういう意識で働き方を模索している人が多く出てきていると思うんですが、そのプロセスの中で、実はどんどん人が孤立していく感じがしていて、それがすごく嫌だなと思っています。一歩間違うと、自分だけの幸せを追求していくような。自律というのは、そういう関係性の中で、一人ひとりの個が立つけれども、みんなの根底にはゆるくつながっている水が流れていたり、表層では自由なんだけれど、根底はみんなどこか横でつながっているっていう世界なんじゃないかと思います。それが会社という組織かもしれないし、シェアオフィスやファブラボみたいなところで知恵を共有してやっていくことかもしれない。もしかしたら地域というコミュニティがそれにあたるかもしれない。つながりには多様な単位があるような気がします。
新入社員にも言うんですけれど、個人も大事だし自律も大事なんだけれど、人なんて絶対に一人では生きてない、関係性の中で生きているんだと。自分が想う人達と丁寧に向き合ってつながっていくことが大事なんだ、そういう関係性が、何かあったときに自分がレジリエンス豊かに復活していくときのカギになると、言うようにはしているんです。そこにちょっと希望を見出したいなと、やっぱり思うんです。

手塚:僕がすごく思っているのは、会社がもう一度、かつてのようなコミュニティ機能を取り戻していくんじゃないかと。これもNHKなんですけれど「サラメシ」(※サラリーマンの昼食を取り上げる番組の名称。2011年~)は、働く場所を「メシを食う場所」という仕事でなく生活の視点で捉えている。これは、日々の生活の中に会社が取り込まれていっているということだと思うんだよね。他にも、「今日は会社休みます」(2012年)や「ゆるキャリ」(2013年)などという言葉があります。つまり自分の生活がベースにあって、その延長線上に会社がある。昔はそうじゃなかったですよね、会社の予定のいわば余白部分に自分の生活があった。これからは、生活をベースに会社を見るようになるんじゃないか。社員食堂や育児休業制度などの会社の福利厚生がオマケでも何でもなくて、むしろ会社にとっての本質的な価値の現れになるという転換が起こりかねない気がしています。

生活の視点から働き方をとらえ直し、本当の「社会人」となる。

手塚:かつての日本の会社には、日本社会の家父長制の伝統が強く反映されてましたよね。社長は親父であって、会社を辞めることはいわば「勘当」に相当した。でも、もうそのような秩序は保てないでしょう。家長父制ではないコミュニティとして会社は再生していくのではないか、という気がしています。

田村:なるほど。

手塚:そのときに、では新しい秩序がどうできていくのかというと、それはまだわからない。でも、人生の多くの時間を過ごす会社という場所をコミュニティとして捉えることはとても自然ですよね。その一方で、さっきも話したように会社に所属するばかりが仕事の仕方ではなくなっていて、しかも、ネットの恩恵もあって会社以外にもいろんなコミュニティが成立してきている。そうするとやはり、どういう魅力的な職務機会をオファーしてくれる会社なのか、どういうヴィジョンを持っている会社なのか、社会において何を実現したい会社なのかということが、改めて問われる気がするんだよね。COV(コミュニティ・オブ・ヴィジョン)みたいな。

田村:そうですね。

手塚:消費社会というものが、完全に一段落しているわけですよね。もう安くしても売れない。生活者は、欲しいものはもうそんなにないというような心理にある。これまでは、生産と消費の関係でいうと、消費のほうで自己実現をしていたわけですね。僕は自己実現という言葉はあまり好きではないけれど、働いて得た金でどんな家を建て、クルマを買い、酒を飲むか、つまりモノの消費によって築き上げた生活で自己実現してきた。あくまで目的は消費であって、生産つまり労働というのはそのための手段である、という関係だった。その関係自体が、根本的に変わってきているんだと僕は思うんです。消費が目的化できなくなったことであらためて、労働それ自体が目的化していくのではないか。労働の充実感、その結果として得られる生産の達成感、さらにその先にある社会との繋がりの実感。生活者は今そのようなものを求め始めているように思うんです。生産によって築かれていく社会、消費社会ならぬ生産社会。そのキザシはすでにあちこちに見られますよね。そうして私たちは、会社人ではなく本当の意味での社会人になろうとしているんじゃないか、と思います。

<終>

PROFILE

手塚 豊(てづか・ゆたか)
研究開発局 グループマネージャー 主席研究員

1985年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてクライアントの諸戦略立案に従事。2008年研究開発局へ異動後は生活者研究・定常化社会研究・コミュニケーション研究・応用脳科学研究などに従事、現在に至る。著書「気づく仕事」(共著)、論文「若者論再考」(マーケティングジャーナル124)等。

田村 寿浩(たむら・としひろ)
人材開発戦略室キャリアデザイングループ グループマネージャー

1992年博報堂入社。営業を担当したのち、研究開発部門にて生活者心理の調査技法や、共創ナレッジの開発を担当。2010年より現部門にて、社員のキャリア自律支援施策の開発・運営、研修等のファシリテーションを行う。

BACK NUMBER