「文平銀座」主宰 アートディレクター/グラフィックデザイナー

寄藤文平

夢と希望の地獄

「身の回りに夢や希望は多いですか?」という項目に対して「多い」という回答率が下がっているのだそうだ。僕にしてみると、「多い」にしろ「少ない」にしろ、この項目に回答できることそのものがスゴイことだと思う。

高校時代、美術大学に合格した僕に、母親が「大学に入って目標はかなえたけど、それで、文平の将来の夢は何なの?」と聞かれたことがあった。とにかく合格だけが目標だった自分にとって、将来というのはあまりに遠くのぼんやりした世界だった。ぼやけた将来像を想像して、頭の中で目を凝らしてみたものの何も見えない。とっさに僕の口から出たのは「社長になりたい」というクソのような答えだった。多いとか少ないとかではなく、そもそも、そんなものは自分の中になかったのである。

最近、物語に関する本を作ろうと思って、それに関連する本をいくつか読んでいる。広告やPRの世界では、「これからは物語が重要なんだ」といった話を耳にするけれど、では「物語とは何か」ということについて、あまり正確に語られることがない。しかも、調べようと思ってもこれといった「まとめ」がないのである。

いくつか調べたところでは、物語には大きく2種類しかないらしい。ひとつは「どこかへ行って来る物語」。たとえば、「ロード・オブ・ザ・リング」がその代表である。「千と千尋の神隠し」もそうだし「宇宙戦艦ヤマト」もそうだ。もうひとつは、「欠けているものを見つける物語」。ヒーロー物語がその典型で、日常が悪に破壊され、ヒーローによって回復される。日本のドラマもほとんどコレである。ダメな主人公が紆余曲折の末、ちょっと成長する。そうでない物語を探す方が難しい。

これはかなり奇妙なことだと思う。たとえば、「未来」というものを考える時、そこには必ず物語が必要だ。結婚していない「妻」がいないのと同じように、物語のない「未来」はない。「未来」という概念は物語を前提にしているからである。そうなると、「未来」も2種類しかないということになる。「どこかへ行って来る未来」と「欠けたものを見つける未来」の2つだ。

 「未来」はもっと可能性に満ちたものではなかったのか。2種類しかないなんてことがあるだろうかと考えてみたけれど、自分の「未来」について考えたとたん、いつのまにか自分は「この場所にいてはいけない」か「欠けたものがある」という思考回路になってしまうのである。仕事でも、「未来」について考えるようなプロジェクトでは、ほぼ例外なく「まずは現在の問題点を洗い出してみましょう」という話からはじまる。そこには「今のままで良くないですか?」という視点の「未来」はない。もしも会議でそのようなプランを出したら、「それって、このプロジェクトは必要ないって話だよね」ということになって、白けた空気が漂うだろう。物語から考えた時、「現在」を肯定することは「未来」を否定することなのである。

そういう視点で考えた時、「身の回りに夢や希望は多いですか?」という質問は、「現在の境遇への不満や、自分の欠点を洗い出してください。そしてその総量を、過去の自分や周囲と比較して、多いかどうか確認してください」という命令なのである。今、ネットを覗けば「未来」のことを語るメッセージであふれている。僕にしてみたら夢と希望の地獄である。そういう環境の中で、多くの人がその言葉の過酷さに気づいているのだとしたら、「多い」という回答率は今後も下がっていくのかもしれない。母の質問に「社長」と答えた自分は、あの時、けっこう満足していたのだなと、今になって思う。

寄藤文平氏プロフィール

1973年長野県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科中退。2000年に有限会社文平銀座を設立。
近年は広告アートディレクションとブックデザインを中心に活動。作家として著作も行う。

連載【私の生活定点】バックナンバー

『生活定点』調査とは、1992年から22年間にわたって隔年で実施している生活総研のオリジナル定点観測調査です。同じ地域(首都圏・阪神圏)、同じ対象者 設定(20~69歳の男女)に向けて、 同じ質問を継続して投げ掛け、その回答の変化を時系列で観測しています。項目数は約 1,500項目に及び、衣、食、住、健康、遊び、学び、働き、家族、恋愛・結婚、交際、贈答、消費、情報、メディア接触、社会意識、国際化と日本、地球環 境など、生活者のありとあらゆる領域を網羅しています。2014年、最新調査結果の公開にあたって「生活定点」特設サイトを開設しました。
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